第15話 ハインツ、男の子として

一気に告白したリーゼロッテは、耳どころか首まで真紅に染めて、その眼には涙があふれかけている。


しかし告られた側のハインツも、あまりの衝撃にしばらく言葉を失っていた。


「え・・あ・・うん。あの・・リーゼロッテ? リーゼロッテは、女の人しか好きになれないっていう、そういう女の子なのかな? そういう人がいるのは、もちろん知っているんだけど・・?」


できるだけ傷つけないようにと言葉を選んだつもりだが、やっぱり表現が直接的過ぎただろうか・・ハインツも大混乱の真っ最中である。


「違うんですっ! 私だってこれまで普通に男の人に憧れて、好きになって・・だからそういうのとは、違ったはずなんですけど・・お姉様だけは、特別だったの! なんでそうなったかなんて、自分でもわからないの! 気が付いたら、お姉様が大好きで・・その髪も、その瞳も、唇も・・お姿だけじゃなくて、絵も詩歌も管弦にも外国のお言葉にもすべてに深い教養がおありになって・・そして、王女というご身分で、そんなに才能にあふれているのに、まったく高ぶることも無くって誰に対してもお優しくって・・そんなところが、みんな好きになっちゃったんです! ただ、一緒にいたくて、触れたくて・・」


サファイアの瞳から透明な雫がいくつも流れ落ちる。それを舐めとりたい黒い欲望が湧いてくるのに耐えて、ハインツは口を開く。


「だから・・私に姿かたちが瓜二つの、弟と付き合おうと?」


「だって、私がお姉様をいくら好きになっても、女の人とは決して結ばれないでしょう! 市井では女性同士のパートナーもいるっていうけど、王族や高位貴族でそんなの許されるはずがないし。ハインリヒ殿下は・・お姉様と内面がまったく違う方であろうというのは、もちろん承知しております。でも、せめて大好きなお姉様とそっくりな方と一緒になったなら、この想いを胸にしまっておけるのではないかと思ってしまったの。とても失礼なことだとは、わかっています・・」


「リーゼロッテ・・」


「加えて、私自身の嫁げる先も、生まれながらに制約がありますし。王室に直結するコンスタンツ公爵家の娘ともなれば、王族や公爵家くらいしか結婚を認めて頂けません。そしておそらくは国内ではなく、他国との政略結婚のカードとして使われるはず・・実はもう、そのような話も持ち上がっているのです。そうなったら、もう二度とこの国には戻れず、お姉様には二度と会えない・・だからハインリヒ様が私を望んでくだされば、せめて近くからお姉様を見ていられるかも・・などと、愚かな考えを持ってしまったのです・・」


すべてをぶっちゃけてしまったリーゼロッテの両頬には、絶え間なく涙が流れている。ハインツはその透明な流れにランプの光が妖しく反射するのを、呆然と見つめていた。


「お姉様・・っ! なぜお姉様は男に生まれてくださらなかったの? お姉様が男の方だったら、私は持っているもの全てを・・心も身体も・・お姉様に差し上げて、そして生涯お支えして、尽くしますのに! ・・なんでお姉様は、女性なのです・・」


すでに感情の堰を切ってしまったリーゼロッテの言い分はめちゃくちゃだ。ハインツの左腕にしがみついて、あとは嗚咽するだけ。


一方のハインツは、予想せざる展開にまだ混乱していた。妹のように可愛かったのに、いつの間にかこんなに美しく花開いたリーゼロッテが、僕をこんなにも慕ってくれている・・彼女の中で僕は、女として認識されているにも関わらずだ。そして、僕が男であったなら、僕のものになってもよいと切々と訴え、縋りついて来る。


僕はリーゼロッテが好きだ・・王女としてではなく、一人の男として。リーゼロッテは、僕が男だとわかっても、同じように慕ってくれるのだろうか・・。


ハインツが仰向けの姿勢からリーゼロッテの方に向き直る動きに合わせて、彼女はハインツの胸に頭を寄せてきた。その動きに合わせ、若い娘特有の甘い匂いがふわっとハインツを包み・・その瞬間にハインツの理性は失われた。彼も十八歳の健康な男性なのだから。


「リーゼロッテ!」


ハインツはリーゼロッテの身体をその胸に抱き締める。


「・・えっ?? えっ? どうしてっ?」


抱き寄せられるままになっていたリーゼロッテも、異常に気付く。焦がれてやまなかったヴィルヘルミーナ「お姉様」の胸に強く抱き締められて・・しかしその胸には、あるべきものがない。


「お姉様? お姉様はいったい・・?」


「リーゼロッテ、私・・いや僕は男、王子ハインリヒなんだよ、隠していてごめん。そして、ここまで可愛く煽られたら、もう止められないよ。リーゼロッテ、好きだ! 妹としてじゃなく、女の子として愛してる!」


意外な成り行きに驚き、抵抗することも忘れた公爵令嬢に対し、ハインツはその晩、完璧に男性として振舞った。

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