第13話 リーゼロッテの想い

「で、恋する令嬢リーゼロッテ様の学習意欲は、どうなんだ?」


不純な動機に基づく、にわか勉強なんてものはすぐ醒めて飽きるだろう、と思っているクリフ。クリフ自身は真面目に学ぶタイプなのだが、彼が求めるのは「自分が生き残るために必要な勉強」だけなのだ。


「それが、ものすごく一生懸命なのよ。とりあえずお試しで週一で行って、たっぷり宿題を出して帰るんだけど、すっごく真面目にこなすのよ。もちろんハインツやミーナみたいに優秀・・とは言えないんだけど」


「令嬢のハインリヒ殿下・・ミーナへの気持ちは、本気ってことなのかな?」


「本気も本気、大本気ってところね。あの子、本当にいい子なのよね・・ハインリヒ殿下が男の子だったら、絶対おすすめだと思うんだけど・・」


ニコラが視線を向けると、ミーナが不器用に眼をそらす。ミーナだって少女の真剣な想いを感じ取っていないはずはない。それに応えてあげられない自分に、申し訳ない思いはあるのだ。ハインツは少し辛そうな表情をする、彼も年頃の男だ・・ひそかにリーゼロッテに想いを寄せているのか。


「まあ、ミーナは冷たくしない程度に会話してあげるしかないわね。だけど、あれだけ真剣だと、いつか突っ走って、やらかしちゃう可能性が高いわ。それを防ぐのは・・彼女の慕う『お姉様』しかいないと思うのよねえ」


「やっぱり、それ僕の役目になるんだ・・」


苦い薬湯を飲んだような表情で、頭を抱えるハインツだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「西離宮にお招きいただくのも、久しぶりで嬉しいですわ、ヴィルヘルミーナお姉様!」


はつらつと動き回る今日のリーゼロッテの姿は、目一杯可愛い。


ふわふわの栗色の髪を肩に流して、上質のサファイアのような澄んだ青い瞳がハインツを無邪気に見つめる。こんなに綺麗で身分も高いのにまるで高慢なところがなく、ひたすら無邪気な仔犬のように懐いてくるのが、本当に愛おしいんだよなあと、ハインツは・・表向きはヴィルヘルミーナ・・胸の中でつぶやく。


「そうね、ここのところ、二人だけでゆっくりお話しする時間もなかったわね。今日はゆっくりお茶を楽しみましょう、リーゼロッテ」


庭園にしつらえられた四阿で紅茶の香りを愛でつつ、しばらくは今王国で流行している新作叙事詩や歌劇の話題で盛り上がる。ハインツは芸術鑑賞が特に好きなわけではないのだが、その規格外の記憶力を駆使して、社交界で話題になる情報についてはほとんど頭に入れている。いつもの如く豊富な見識を披露するハインツに、リーゼロッテは潤んだ視線を向けている。それは年上の素敵な女性に対する単なる憧れというより、もはや恋情というべきレベルに来ているのだが、ハインツは全く気付いていない。


そして、スコーン一つと紅茶が二杯ほどおなかに納まったところで、ハインツがおもむろに話題を変える。


「そういえば、弟・・ハインリヒとは、うまく話せているの?」


うまく切り出せただろうか、不自然に聞こえなかっただろうかと内心びくびくしているハインツだが、リーゼロッテはそんなハインツの心配など気付かずに、堰を切ったように一気に想いを訴える。


「それが・・私なりに一生懸命、想いをお伝えしようと頑張っているのですけど・・やっぱり何か避けられているみたいなのです。ニコラ様に教えて頂いている政治や経済のお話になると、そこにだけは真面目にお答え頂けるのですけど・・。ハインリヒ様はあれだけ素敵なお方ですから、私のような子供っぽい娘では、物足りないのでしょうか?」


「そんなことはないわ、リーゼロッテの武器は、その可憐さ、純粋さなのよ。それを子供っぽいとは言わないわ。殿方は遊び相手には華やかな女性を選んでも、生涯を共にする伴侶にはそういうピュアなものを求めると言うわ。ハインリヒにもそれがわからないわけはないでしょうけど・・弟は、軍務省の仕事が面白くて仕方ないみたいなの。だから今は、女の子に目が向かないのかも知れないわね」


「そう・・ですよね。ハインリヒ様は私だけでなく、他の令嬢様がたにもご興味がないみたいですし・・やっぱり、待つしかないのかなあ?」


頬に手をあてながら愛らしく首を傾げ、大きな瞳をくるっと動かすリーゼロッテ。男の立場でここにいたなら、思わず抱き寄せてしまいそうだと胸を騒がすハインツだ。


「どうしてもハインリヒがいいんだったら、待っててもらうしかないかな・・。だけどリーゼロッテ、なんでハインリヒがそこまで好きなの? ハインリヒじゃなきゃだめな理由が、よくわからないんだけど? どうしても王妃になりたいとかならわかるけど、リーゼロッテはそんな地位に興味ないのよね。他にも綺麗で優しい貴公子はいっぱいいるんだから、他の人にも目を向けてみたらどうかなあ・・」


ニコラ推奨のシナリオ通りに「他の男に誘導」を始めたハインツだが・・。


「だめなんですっ! 私、ハインリヒ様じゃなくちゃだめな理由があるんです! ハインリヒ様でないとっ・・」


リーゼロッテの眼から涙があふれるのを見てしまったハインツは、あっさり全面降伏する。


「ごめんなさい、リーゼロッテを泣かせるつもりはなかったの。もう言わないわ。うん、弟もここまで好かれて、幸せね。でも・・なんでハインリヒじゃないとだめなの?」


「あ、そ、それは・・あ・・う・・」


さすがにこれ以上「他の男」路線で追い込むのは、あきらめざるを得ない。せめて、ここまでハインリヒにこだわる理由を聞いておかねば、と優しく最後の質問をしたつもりだったが、急にリーゼロッテが挙動不審者になってしまった。耳までボンと真っ赤に染まり、サファイアの瞳は焦点を失って忙しく左右をさまよい、可憐な唇はわなわな震えている。


「あの・・リーゼロッテ? 大丈夫?」


「は、はぃ・・いえ、あの・・」


大丈夫ではなかった。リーゼロッテは逃げるように椅子から急に立ち上がろうとしたその刹那ぐらっとバランスを崩し、そのまま床に倒れこんだのだから。

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