【完結】王女様は男の娘……だけど勇者様と婚約しちゃった?【非BL、ストレート恋愛】

街のぶーらんじぇりー

第1話 魔王を倒した勇者

 無駄に豪華で装飾過剰な四頭立て馬車のキャビンで、少年と言ってもいいほど若い男が、押し黙って床に視線を落としている。


 同乗しているのは少年と同じような年ごろかと見える、若い女だ。女は先ほどからずっと、無言の若者に視線を向けてはチラチラと様子をうかがっているが、若者は彫像のように同じ姿勢をとり、女には眼を向けようとしない。


「クリフ……」


「ああ、すまないニコラ。つい、ぼうっとしていたよ」


 たまらず女が呼びかけると、ようやくクリフと呼ばれた若者は顔を上げ、微笑みながらも熱のない答えを返す。


「大丈夫なのクリフ? 魔王と戦ってから、ずっとそんな状態じゃない? まるで、魂が抜けたみたいな……」


「うん、そうかもね。魂が抜けた……ってのは、うまい表現かもなあ」


「何をのん気なことを言ってるの。私は心配してるのよ?」


「うん、わかってる、心配させてごめん。だけど、どうしようもないんだ。何かしようとする気力がわかないっていうか……」


 柔らかい言葉遣いだが、相変わらず気合のこもらない返事をする若者。


 明るい茶色の髪に、同じく茶色の瞳・・全体に優しそうな印象を与える容貌だが、眼を引くような美男子ではない。王族が乗るような馬車に揺られるこの若者の価値は外見ではなく、創世の女神が彼に与えた「勇者」という名の祝福なのだから。


「そろそろ気分を切り替えなさいよ。もちろんテレーゼのことは忘れられないでしょうけど……あなたの人生はこの先、まだ何十年もあるのよ。生きろって、テレーゼにも言われたでしょ?」


 ニコラと呼ばれた女は、ざっくりと大きく一本の三つ編みにまとめた黒髪に深い濃紺の瞳、小顔だがややふっくらして血色の良い頬が幼さを残している。見た目だけなら、少女と言ってもよい。そして傍らには古代樹の根を切り出して磨き上げた杖が斜めに立てかけられている。そう、彼女は勇者とともに戦った、おそらく大陸で五指に入る魔術師なのだ。


 いにしえの予言通り、六年前に魔王が復活した。魔王は地下迷宮の中で人知れず力を溜めて眷属を増やし、やがて外界……人間族の世界に向け、魔物を放つようになってきた。魔王が人間の世界に進出し、最終的には征服を企図していることは、誰が見ても明らかだった。


 だが魔王の復活と時を同じくして、人間族の中にも女神の祝福を受けた「勇者」が現れた。それは平凡な十三歳の少年であったが、祝福を受けて以降たぐいまれな剣と魔法の才能を開花させた。そしてさらに数年間、人語に尽くせない修行に耐えた少年は、人の領域を超えた戦闘能力を我がものとしたのである。


 そして勇者クリフが十九歳になった時、決戦の時は来た。バイエルン王国を中心とした連合軍が、眷属たる魔物たちからなる「魔王軍」と激突するのに合わせ、勇者たる少年が人界から選り抜かれた戦士、魔術師、聖職者達とともに、少数精鋭で魔王に挑んだ。魔王そのものは決して迷宮の奥から出て来ず、そしてその迷宮は狭く深く暗く、大軍が攻め入ることが不可能な場所であったからだ。


 途中に待ち受ける幾百体の魔物を倒し、魔王の元にたどり着いた時のパーティメンバーは六人。戦いの中でさらに四人が失われ、倒れた者の中にはクリフの愛する恋人にして聖職者であるテレーゼもいた。紙一重の差で魔王に打ち勝ち生き残った勇者クリフと魔術師ニコラの二人だけが、こうして王都に向け凱旋の旅をしている、というわけであった。


「そうだな、テレーゼは俺に『生きろ、そして幸せになれ』と言い残して死んだ。だから俺は生きていくよ。だけど、テレーゼのいないこの世界で幸せになれってのは、難しいんじゃないかな……」


「気持ちはわかるけど……ねえクリフ、王様から言われてた『ご褒美』はどうするの?」


「ああ……考えてなかった。だけど断る理由がなくなっちゃったから、受けるのかな?」


「ご褒美」とは、王女との結婚だ。国王が勇者に魔王討伐を命じるにあたって、「成功の暁には第一王女ヴィルヘルミーナを与える」と約束したことは、すでに国民にも知れ渡っている。


 もちろんクリフは魔王討伐を終えたらテレーゼと結婚するつもりであったから、王女のことなど念頭になかったのだが、そのテレーゼが迷宮の戦いで帰らぬ人となった今は、確かに断る理由がない。そして、国王自ら約束した王女の降嫁を断ることは、王の面子を潰すことだ。国の安定が損なわれるもとになるであろう。


「そうね……仕方ない、かもね……」


「俺にとっては、残りの人生はもう、どうでもいいんだ。『勇者』としての役目は果たしたし、一緒に暮らしたかったテレーゼも、もういない。燃え尽きちゃった勇者に嫁ぐ王女様はかわいそうな気がするけど、たとえ愛せなくても優しくはしてあげるつもりさ」


 割り切ったような返答をするクリフだが、その瞳は暗い。


「そっか……」


 一旦は納得したかのようなニコラは、まだ何か言いたげだ。


「ねえクリフ。そんなに辛いんだったら、逃げちゃってもいいんじゃないの? 何なら私も一緒に行くよ……私の故郷なら、二人くらいひっそり暮らせるよ」


「……ありがとう。そこまで言ってくれて嬉しい。だけどこれは俺が勝手に落ち込んでいるだけで、ニコラをつき合わせるわけにはいかないよ」


「そう……わかったわ」


 一瞬、切なそうな表情をしたニコラは、それ以上話しかけることはなかった。

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