第16話 事実を曲げるな

 芸術の秋って訳で、行事もそんなノリになる。今日は学校からほど近い緑地まで出向き、学年全体の写生大会に参加する事になった。


「面倒臭ぇな。マジで……」


 授業が無いのは嬉しいが、強要されるのは好きじゃない。もう少し絵心があれば楽しめるものなんだろうか。


 とりあえず丘の上に腰を降ろした。空が広いロケーションを選んだのも、下手クソ加減をごまかせると思ったからだ。


「そんな事言わないで。たまにはこんな日があっても良いじゃない」


 当然のようにサメ子は隣を陣取った。すると、どこからともなく部員の全てが集まり、周囲には不自然な空きスペースができた。生徒たちが皆、露骨なくらい遠巻きになったせいだ。


「青い空に白い雲。たまには平凡なテーマも悪くないよねぇー」


 そう溢すゲンゾーは、1人だけ手元が違った。みんな画板と画用紙を抱えているのに、コイツだけは普段のスケッチブックを手にしている。


「お前、画用紙はどうしたんだよ?」


「作品ならもう仕上げたよ。だからもう自由時間なんだねー」


「ハァ? まだ始まって30分も経ってないぞ!」


「僕には充分過ぎるんだねー」


「クソッ。変人スキルを発揮しやがって……」


 こっちはまだ白いままだというのに。オレも早く遊び倒したいのに。


 だが想いとは裏腹に時間だけが過ぎていく。描いては消し、描いては消しと繰り返すうち、他の連中は次々と完成させていった。


「完成。まぁまぁの出来」


 リサが画板を傾けたので、チラリと覗いてみた。蒼く輝く空、たゆたう白い雲。足元に広がる木々、無数の住宅街。


 そう書かれていた、文字そのままで。


「絵を描けよお前。こんなの打ち合わせ資料じゃねぇか」


「活字愛がそうさせた。私には世界がこう見えてる」


「嘘つけよ。いや、嘘だよな?」


 リサは肯定も否定もしなかった。ただ満足そうに眺めた後、無言のまま絵筆の片付け始めた。


「早河殿、さすがにそれは通らんでゴザルよ。もう少し絵画的でなくては」


 そう言ってニーナが画板を回転させた。そこに描かれていたのは、圧迫感の強い渦だった。赤だの緑だので埋め尽くされた紙は、ちょっとした呪いでもかけられてそうだった。


「なんだよコレ」


「今から500年前、ここでは大きな合戦が起きたでゴザル。そこから発する怨念を表してみたのよ」


「こんなもん、どこの景色か分かんねぇだろ」


「拙者には世界がこう見えておる」


「こえーよ、お前の脳内」


 自由気まま過ぎる2人の作品を、溜息まじりにたしなめたのはサメ子だ。


「リサちゃんもニーナちゃんもやりすぎだよ。これは授業の一環なんだから、もう少し真面目に描かないと」


 今度はサメ子が作品を披露したんだが、それは出来が良かった。グラデーションのかかる空、そこに溶け込むような薄雲。遠くの木々や住宅街はチンマリと描かれて可愛らしい。そして大きく広がる丘を駆ける人々に、ずんぐりとしたサメ。


「おい、妙なもんが混じってるぞ」


「あぁこの子ね。つい願望が勝っちゃって」


「こんな光景無かったろ。捏造すんな」


「えっと、私には世界がこう見えてる」


「そのセリフは必須じゃねぇよ」 


「ところで、コータロくんはどうなの。見せてよ」


 半ば強引に引ったくられた絵に、他の連中まで集まってきた。


「あぁ、うん。こーいうタイプかぁ」


「なんか素っ気ない、パッションが足りんでゴザル」


「没個性の極地。リライト案件」


「下手で悪かったな、この野郎!」


 奪い返し、改めて自作を眺めてみる。確かに酷いレベルだ。それでも自分なりには頑張ったのだし、余白もほぼ埋めきっている。これを提出しても褒められはしないだろうが、最低限の義務は果たせているはずだ。


「ここの歪みが気持ち悪いよねぇ。そこを直すだけでも違うよー」


「おいゲンゾー。勝手に描くなよ、オレの作品だぞ」


「ちょっとくらい平気さ。ホラホラどうだい?」


 鉛筆でなされた『ご指導』は、確かに効果的だった。急に臨場感が増し、謎の嫌悪感みたいなものが消え失せている。


「確かに良くなったけどなぁ。これでオレの作品じゃなくなっちまった」


「大葉くんは細かいよなぁ。本職でも無いのにさー」


「だって自分の力で勝負したいじゃん」


 すると、オレの周りにワラワラとアホな子達が集まり始めた。しかも色とりどりの絵筆を持って。


「やはりパッションが足りぬ、ここにおすそ分けするでゴザル」


「描くなっつうの!」


「上のほうが寂しい。1字くらい足すべき」


「マジで止めろって!」


「ここにネコザメちゃんを……っと」


「だから、オレんとこで遊ぶな!」


 そうして散々に突付かれた結果、作品は致命的なダメージを負ってしまった。


 青空には『鷹』の1字が、軍旗の様にはためいている。森は時空が歪んだような渦に飲まれ、更にそこから召喚でもされたっぽいサメが用紙の一画を占領した。


「なんだこの絵は!?」


「やったね、これで完成だよ!」


「どこがだよフザけんな!」


「ほらほら、もう提出時間だってさ。早く行ってきなよ」


 確かに、さっきから拡声器で美術の先生が告げている。そろそろ終わりにしろと。


 もう描き直す時間はない。こうなったらヤケだ、提出してやる。


「キミはC組の大葉くんね。見せてもらおうかね」


「はい、お願いします」


 当然だが、先生の顔が激しく曇った。


「うーん。ちょっと遊び過ぎというか、真面目にやって欲しかったな」


 ヤバい、そこそこ怒ってる。何か言い訳をと考えていると、例のフレーズが口から飛び出した。


「オレには、こう見えてるんです」


「えぇ……本当かい?」


 先生は作品とオレの顔を交互に眺めて、それからため息をついた。割と尾の長いやつが。


「じゃあこれで良いよ。お疲れ様でした」


 その時、サメ子達が遠くでハイタッチした。イェーイじゃねぇよマジで。


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