第10話 会議という名の空虚な時間

 先日の白煙事件から数日。わだかまりが風化しかけた頃にサメ子が言った。


「さて、そろそろ目標でも決めますか」


 そんな訳の分からんことを口走った。この部は自由だけが唯一の売りではなかったのか。


「マジで言ってんのか? このまとまりの無い連中が団結出来るわけねぇだろ」


 今も部室内は混沌としていた。積み上げた本を黙々と読み漁るリサ、磨いたクナイを机に並べるニーナ。そしてゲンゾーはというと、自ら描いたスケッチブックを眺めては、ニタニタ薄笑いを浮かべている。


 だからサメ子の言葉に反応したのは、見事にオレ1人という有様。現時点でさえ集団としての機能は皆無に近い。


「大丈夫だって。それに、目標を決めたほうが毎日楽しくなるもん」


「無理だと思うけどな」


「まぁまぁ。とにかく話し合いしましょ」


 そう言ってサメ子はホワイトボードを引っ張り出した。随所にブラ下がるサメのキーホルダーやらが、ユラユラと揺さぶられて落ちそうになる。


「とりあえずさ、皆でやりたい事を書き出して行こうよ。そうしたら方向性も見えてくるでしょ」


 サメ子が黒マジックで『皆の目標』と書き、その隣に小さなサメの落書きも添えられた。


「私はね、サメの認知度を向上させたいかな。差し当たってヒラシュモクザメあたりを推しておくよ」


 続けてサメの認知度アップと書き、その隣に掃除機みたいなサメを一匹。妙に精度の高いラクガキがうっとおしい。


「コータロくんはどう。何がやりたい?」


「いや、別に」


「またまたぁ。何かあるんでしょ?」


 まぁ、本当に無いわけじゃない。このメンツでは絶望的すぎて諦めてるだけだ。


「バンドを組んでライブかな。大きなハコ……ええと、場所を借りて、でっかいライブがやりたい」


「おぉーー、流石だね。もの凄く具体的じゃない」


「でも、楽器できるのはオレだけだろ」


「うーん。カスタネットなら少々」


「タンバリンならいけるでゴザル」


「もういい。それと打楽器ナメんな」


「でもまぁ一応書いとくね。コータロくんはライブと」


 サメ子の次にオレの要望を書いてもらえたが、たった2行だけで既に不協和音が激しい。


「ニーナちゃんは?」


「この学校を忍びの里に創り変えたいでゴザル」


「えっと。学校のみんなを洗脳して、全員を忍者にしちゃいたいんだっけ?」


「さよう。手始めに忍術の素晴らしさや有用さを知らしめたいでゴザルよ」


 サラッとやべぇ秘密が暴露された。何だよ洗脳って、おっかねぇな。


「リサちゃんは?」


「私は居ないものと考えて。発言終了」


「そんな事言わないで。もしかしたら、願望が叶うかもしれないよ?」


「……本に囲まれた暮らしを送りたい。蛇足の説明」


「ふむふむ。いつも通りだね」


 サメ子はバカ素直に書き連ねていく。最後に尋ねるのは、にやけ面の優男だ。


「ゲンゾーくんはどうかな?」


「僕はねぇ、映像が創りたいかなぁ。ネタならここに沢山あるよー」


「そう言えば、しょっちゅう描いてるよね」 


「そうそう。これはいつか僕自身が映像の世界に潜り込んだ時、ネタ帳として活用するつもりさぁ」


「なるほどね、動画作りだったら私達にも出来そうね」


 こうして意見は出揃った。サメ認知にライブ、忍者啓蒙と本の虫、そして動画作り。


 何だこれ。本当に同じ部員が出した意見かと、改めて頭痛がしてくる想いだ。


「それじゃ、まとめるわね」


「まとまんのかコレ!?」


「ちょっと待って。いま考えるから」


 そう言ってサメ子は、アゴ先らへんを指でさすりつつ長考した。ウンウンと頷いたかと思えば、やがてオレ達の方へ身体を向けた。そして何故か仁王立ちを晒し、無駄に張りのある声で叫んだ。


「よし決めた。当面の目標は動画作りよ。サメの本を読み漁るリサちゃんが、足りない時間を補う為に忍術を学ぶようになるの。演出はニーナちゃん、BGMはコータロくんに任せるね」


「意義なーし」


「意義有りだよこの野郎、ほんと止めとけ!」


「どうして? みんながやりたい事の大体は盛り込んだつもりだけど」


「もっとマジメにやれよ。泥団子みたいに合体させりゃ良いってもんじゃねぇだろ」


「うーん。じゃあコータロくんはどう考えてるの?」


「そりゃお前……」


 どうもこうもあるか。協調性ゼロ集団の意見をまとめるだなんて、奇跡も同然の所業だろ。


「やり直しだ、やり直し。もう1回全員で現実的な案を出すんだよ」


「ええーー。どうしてよぉ」


「うっせ、うっせ、良いから別案を出せ!」


 それからも徒労の時間は続いた。誰も彼もがロクなもんを出せないので、案出しは何周も何周も繰り返された。掠りもしない意見を出しては消え、消えては出すことを延々と続けていく。


 やがて校内放送が下校を迫った。もう残り時間も、オレ達の気力も僅かしかない。だが奇跡的にもようやく意見は合致できた。


「よぉし、そんじゃあ自在部の方針を発表するぞ! とにかく好き勝手やれ! 以上!」


「あぁやっと終わったでゴザルか」


「もう下校時間。早々に帰宅すべき」


「みんなお疲れ様、気をつけて帰ってね」


 皆が口々に言葉を残し、立ち去っていった。オレはというと、ボードを眺めては改めて思う。どうしてこうなったんだと。言わずもがなの話になぜ数時間も掛けてしまったのかと。


 オレの寿命を返して欲しい、そう思わずにはいられなかった。

  

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