第5話 自由ならここに

 哀れなオレが連行されたのは、部室棟3階の端も端。これは学校から優遇されてんのか爪弾き扱いなのかとか、そんな考察はどうでも良い。


 マジでヤバい。このままじゃ変人のお友達に加えられてしまう、人生最大のピンチだった。


「やめろオイ、離せ!」


「さぁさぁ入ってちょうだい!」


 サメ子がスライドさせたドアの向こうは、思いの外普通だった。部屋の中央に長テーブルとパイプ椅子。壁際にはホワイトボードとスチール棚。


 随所に飾られるサメ人形やら手裏剣なんかに目を瞑れば、ごくありふれた部室のように見えた。棚に並ぶ書籍の多さから、生徒会室の方が近いかもしれない。


「あれ。もっとヤバいかと思った」


「何言ってんの。空いてる席に座ってね」


 窓から差し込む光は、レースカーテンを通して柔らかな陽だまりに変わる。その陽射しは、先客らしい少女の足元を照らし続けていた。


「こんちわ……」


 とりあえず挨拶してみた。先客の見た目は意外と普通だ。重たいボブカット、大きな丸眼鏡。そして今どき珍しくも、スカート丈がふくらはぎまで伸ばされている。まぁ、いわゆる文学少女というタイプだろう。


 相手は読み進める本に視線を落としたままで、小さく会釈。歓迎された風ではないが、真人間ぽい見た目に安心させられた。


「リサちゃん。入部希望者に紹介したいんだけど」


 サメ子が外堀を埋めようと躍起になる。


「おい。オレは誘拐されてきたんだぞ」


「細かい事は置いといて。絶対気に入ってくれるから!」


 リサと呼ばれた少女は、入部希望とか誘拐疑惑だとかに興味を示さなかった。ただ平たいイントネーションで「あと5ページ待って」と言うばかりだ。


「しょうがないなぁ。じゃあ私達の紹介から……」


「いや、別にいらねぇよ。丘上は知ってるし、隣のもB組の不忍(しのばず)って子だろ」


「あれ。2人はもう友達なの?」


「そうじゃねえけど、目立つから覚えちゃうんだ」


「だってさ。有名人だね、ニーナちゃんは」


「ヌフフ。拙者は非凡なる忍びがゆえに、否応なしに人目を惹いてしまうでゴザルよ」


 和製スパイの代表格である忍者が目立ってどうすんだ。少しは周囲に溶け込め。


「それよりもさ。ここは何の部活なんだよ、そこを聞いてねぇぞ」


「おっと、ようやく興味が湧いてきたかな?」


「真面目に聞いてんだ。帰るぞ」


「ごめんごめん。ここは自在部だよ」


「じざいぶ……?」


 オレの語彙(ごい)にない単語だ。まだサバイブの方がしっくりくる。サメだの忍者だの居ることだし。


「それは何の集まりだ?」


「具体的な活動方針は無いよ。自在、つまりここは、ありのままの自分を楽しむ為の場所なの!」


 サメ子は両手をいっぱいに広げて、そう叫んだ。名言でも吐いたつもりらしいが、やっぱりピンと来るものはない。ともかく関わりたくないと思うだけだ。


「へーそうなんだ。まぁ変人同士で仲良くやんな」


「待って! 入部したらシュモクザメのキーホルダーあげちゃうよ!」


「いらん、帰る」


「待たれよ大葉殿、今なら白煙の術も教えてあげるでゴザルからぁ」


「いらん、離せ」


 オレの背中にサメと忍者がしがみつく。その向こうでは、我関せずと読書に勤しむ少女。なんだこの光景。世界に2つと無い自信があるぞ。


「お願いだから入部してよ。今月中にあと2人入れないと廃部になっちゃうの!」


「んな事知るか! オレはギターが弾きたいんだよ」


「だったらここで弾けばいいじゃない」


 うかつだ。相手に交渉の余地を与えてしまうとは。今の失言、高くつくかもしれない。


「ここでなんか無理だよ無理。機材が何もねぇじゃん」


「機材って?」


「アンプとかマイクとか、防音設備とか色々だよ」


「そう。じゃあその辺が揃えば解決って事だよね」


「いやいや、簡単に言うけどさ……」


「ちょっと電話させてもらうよ」


 そう言うなりサメ子はスマホで通話し始めた。「お疲れ様です、佐江子です」なんて畏まった口調で。


「そうですか。手続き完了ですね。はい、ご苦労さまでした」


「おい。誰と話してたんだよ?」


「ウチの人とだよ。それで機材の話だけど、音楽スタジオっていうの? 今日そこを貸し切ったから」


「……ハァ?」


「だから、1軒貸し切ったの。今日のうちなら使いたい放題だよ」


「そんなフザけた話……!」


 明らかに荒唐無稽の話だが、コイツは社長令嬢だった。しかも大企業の。他の部員が平然としているし、もしかすると本当なのかもしれない。


「なぁ、今のは嘘じゃないだろうな」


「本当だってば。疑うなら、これから行ってみよっか」


「待てっつうの。まだ入部を決めた訳じゃないぞ!」


「細かい事は気にしない、さぁ行きましょ」


 それからはなし崩し的だった。オレは自宅までギターを取りに戻り、市内のスタジオに出向くことになった。


 ちなみに待ち合わせ場所には行かず、自室に引き籠ろうかとも思ったが、天井裏がニンニンとうるさくなったので。


 

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