第3話 調整者

 ソファからぼんやりと見えてくるエプロン姿の女性。


 目の前の机に彼女が作ったであろうできたてのカレーライスが盛られている。


 ふと二人の会話らしき内容が聞こえてくる。


「美味しい?」


「あぁ」


「あぁ、じゃ分からないよ!女の子にはしっかり言葉にしてあげてください!」


「あっ、あぁ」


 指をビシッと指す彼女


「ほら、また出た」


「努力する」


「よろしい!」


 はっきりと満足そうな声を出す彼女。


 だが、顔はぼんやりとして見えないままだったが、どことなく懐かしい感じがした。


---------

「おーい、どうしたのさ。口に合わなかった?」


 しばらく目を閉じていたのか、再びまぶたを開けると、オレの顔の前で手をふるミカゲ。


「あっ…、いやなんか懐かしい気がしんたんだ」


「懐かしい?」


「なんか前もこうやっていたような気がして」


「はじめてのはずなのに不思議だね!」


 首を傾げながらも、パクパクとカレーを口にするミカゲ。


---------

 カレーライスを食べ終え、ひと段落する中、今後のことを彼女に尋ねる。


「それでこれからどうするんだ?未来に戻るのか」


「えーと、戻りたいのは山々なんだけど」


 端切れ悪く言い淀むミカゲ。


 彼女の答えを待っていると、


「今のままじゃ戻れないよ」


 突如、聞き慣れない声が部屋に響き渡る。


 ふと、顔を向けると全身銀の近未来スーツのような服装に包まれた少女が立っていた。


 髪型はツインテールでオレの腰丈ぐらいの身長なので、一見子どもに見える。


 オレはミカゲの方へ向き直し、


「知り合いか?」


「いや、私もはじめましてかな」


 それにしたってどこから入ってきたのか、全く気配を感じられなかった。


 目の前の少女には何か異質なオーラをまとっているように感じられる。


「自己紹介が遅れたね。ぼくは調整者(バランサー)。この世界の時間の流れを管理するもの。君たちに話があってきた」


 何を言っているのだと普通なら思うところだが、少女の存在を目の前にすると、自分たち「人」とは異なる存在なのだと感じられる。 


 ミカゲが少女の前に歩み寄り、


「勝手に家の中に入ってきたらダメでしょ!」


 なにも臆さずに少女に注意するミカゲ。


「すっ、すまない、こんな登場の仕方だとカッコいいと思って、ついやってみたくて……」


「うんうん、そういう時期もおるよね!」


 ミカゲの勢いに気圧される少女。


ペコリと謝罪のお辞儀をしたあとに何やら羨ましそうにカレーを見つめる少女。


「えーと、食べたいの?」


 ミカゲの質問に素直に頷く少女だった。


 どうやら放っているオーラとは裏腹に中身は素直な子どものようだ。


---------

「上手いね、このカレー!スパイスが利いてるね」


「でしょ!わかってるっ!!」


 ソファに座りながら黙々とカレーを食べる少女。


 まさか1日に見も知らずの者を二人も部屋にあげるなんて。


しかもその二人は家主の自分よりもソファでくつろいでいる模様。


 さっきまでの少女の異質なオーラはどこへやら。ついつい話が流れてしまわないように、再び口を切る。


「それでさっき言ってた話とは?」


「あぁ、そうそう」


 少女はビシッとスプーンでミカゲを指した後に


「キミは今のままだと未来に戻れない」


「人のことをスプーンで指さない!」


「あっ、はい……」


 少女はミカゲの言葉にシュンと縮こまってしまう。


「ちょっとぐらいカッコつけさせてくれたって……」


 うる目になりそうな少女にすかさずオレは尋ねる。


「未来に戻れないっていうのはどういうことだ?」


「その質問の前にキミの方こそ、そもそもどうやって彼女が未来から来たのか知ってるのかね?」


「いや……」


 そうオレはなにも知らない。


「キミも何も事情を知らずに時の流れに介入しているのだからコワイものだ」


 やれやれとした表情で独り言のようにつぶやく少女。そして、オレに向けて話を続ける。


「彼女は意識を他の時空に移す力を持っている」


「そうなのか?」


「ええ、寝てるときに勝手にね!っていうかなんで知ってるの?」 


「それはボクがバランサーだからだよ」


「ふむふむ、バランサーだからね」


 いや、それは理由になっていないような気がするのだが。


 先ほどまでの縮こまって様子とは一転して、得意気な顔の少女。


 それにしても意識だけを別時空に飛ばすという異能力も驚きであるが、勝手に発動してしまうという点では厄介なシロモノである。


「でもいつもは私すぐ起きて、目覚めちゃうだけどね」


「すぐってどのくらいだ?」


「1時間とか?」


「えーと、オレと会ってもうだいぶ経っているのだが」


「だからいつもと違うんだよね……」


 そう、オレたちはもう出会ってから大分時間が経っている。


「いつもと違う原因、それはそこのシンって男の存在さ。どうやってか分からんが彼女の能力を介して、彼も未来から意識を飛ばしている」


 俺とミカゲの会話を聞いた後に少女がミカゲに起きた異変の原因を説明し始める。

 

 その原因がオレだと言い始める次第だ。


「えっ、シンが!ってことは私にはじめましてを装ってたのね!」


「あっ、いや、本当にはじめましてなのだが」


「私をからかおうったってそうはいかないなんだから」


 からかうもなにも彼女と出会ったのは紛れもなく初めてのはずなのだが。


 少女はオレをフォローしてか話を続ける。


「いや、彼の言っていることは本当だ。彼は完全に意識を移しているわけではなく、微弱ながら今いる彼に働きかけているようだよ」


 少女がオレに目線を合わせる。


「何か今日、いつもと違う感覚はなかったかね?」


「確かに、あった……」


 そう、あの時、ミカゲが襲われている時にオレの中に声が響き渡って、そして衝動的に動いていた。


 あの声は未来のオレの声?


 オレが思案をめぐらしていたところ、話を続ける少女。


「そしてキミたち二人が会うことで時が分岐しつつある」


「このまま放っておいて大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないよ。こうやってボクの仕事が増える一方なわけだし」


 なにやら不満そうに頬を膨らませている少女。


 オレが原因で時の管理という仕事が増えてしまったらしい。


「それに困るのはボクだけじゃないよ。今、未来でのキミたちの存在は不安定になっている」


「存在が不安定……って?」


 少女の発言を聞き、声のトーンが萎んでいくミカゲ。


「収束する未来によってはキミたち二人の消滅を意味する」


「えっ、私だけじゃなくてシンもなの?」


「あぁ、正確にはキミの知る未来のシンと言うべきか。キミたち二人とも未来の肉体から意識を飛ばしていて、その肉体が滅べば意識もともに滅びるというわけだ」


 部屋に静寂が流れる。


 どうやら未来のオレはミカゲと一蓮托生というわけだ。


「なんとかならないものなのか?」


「最も簡単な方法は本来、起こりうるべき未来を復元させること」


「そんなこと可能なのか?」


「今の段階であれば、行動次第ではどうとでもなる。多少、内容が食い違っていても帰結する収束点の内容が変わらなければ問題はないのだよ」


 行動次第と言っても的を射た行動である必要があるはず。続けてオレは少女に尋ねる。


「起こりうるべき未来っていうのは?」


「彼女ならわかるはずだ」


 少女はミカゲの方へ顔を向ける。 


 意を決したように立ち上がるミカゲ。


「私、行くわ」


「行くってどこにだ?」


「それは言えないけど、私がなんとかすればいいってことがわかったわ」


 どうやら彼女だけでなにやら行動を始めようとしているようだ。


「オレも一緒に行っていいか?」


「それはダメ。多分、元どおりの未来にならなくなると思うから」


 そう、元々オレとミカゲは会うはずのなかった二人。


 やはりこれ以上一緒に行動しては不味いのであろうか……。


 だが、彼女に任せっきりというのも、もやつくところがある。


そそくさと玄関の靴を履き始めるミカゲ。


「色々とありがとうね」


「もう行ってしまうのか」


「善は急げだからね」


 玄関のドアを開けるミカゲが最後にオレの方へ振り返る。


「次会うのはきっと三年後ぐらいかな。そのときは私は別の意識だろうからシンもはじめましてってことで合わせておいてね」


「あ、あぁ……」


「もーはっきりしない言い草なんだから。絶対だよ」


「努力する」


「よろしい!」


 部屋から出ていくミカゲ。どこか寂しげな背中を見せていた。


 ドアが閉まり、部屋には少女とオレの二人っきりが残されていた。


「キミは彼女を放っておいていいのかね」


「どういうことだ?」


「彼女は過去になぞり、自分の身を危険に晒す道を再び選んだ」


「なっ、危険?なにが起きるんだ」


「やはり彼女のことを案ずるのだね。今のキミにだったら話す価値はありそうだね」


 再び、静寂に包まれた部屋で口を開くバランサー。


 それはオレとミカゲの起こりうる未来の物語だった。

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