心うつして君想ふ

和五夢

1


 時は平安。

 桜舞い散る京の都にてある祭り事がしめやかに執り行われていた。


 人はそれを『心写し』と呼び、国造りの時代より途切れることなく受け継がれてきた真の歴史を紡ぐための神事。


 神にその任を与えられし一族を人は『世継よつびと』と呼んだ。



 心写しの儀は10年に一度、10人の巫女により快晴の日和の日の出から日の入りまでの間、計10日に渡って執り行われる。

 日を浴びながら白日の元に儀を執り行うのは天照あまてらすの御前で嘘偽りなき事を示すためだと伝えられていた。


 そして今日が10日目、最後の日。

 儀の警護を任された名だたる武家の中でも筆頭である諏訪すわ家。

 その当主である諏訪すわ蒼一郎そういちろうはつつがなく執り行われるその儀を悠然と眺めていた。

 

 蒼一郎は24の齢にして、数々の戦で武勲をあげ、いかなる死地をも切り抜けるその雄姿から『不撓不屈ふとうふくつ鬼侍おにざむらい』と呼ばれ戦場では恐れられていたが、決して無益な殺生は好まず合理的思考の持ち主の正義漢で、仲間や町人からの信頼も厚かった。


 彼は今回の儀が初の立会となる。

 計十日に渡る儀式の内容はほぼ同じ。されどその珍妙かつ神妙な光景に慣れるという事はなかった。


 朱色を基調とし所々金の装飾を施した社がぐるりと四方を囲み、真中まなか枯山水かれさんすいの如く小石を敷き詰めた海に十人の巫女が二列に並び座っている。

 巫女たちはみな頭から一枚の大きな絹の白布を被り顔は見せず、行儀よく漆塗りの机に向かいきちんと正座しているのだ。

 机の上には各々大判の書物が置かれ、それを行司ぎょうじの合図に従ってめくっていく。

 その動作がぴたり同じで、背格好も似ている事から同じ人間が十人いるような不思議な感覚に襲われる。


 しかし、最も目を奪われるのはそこではない。


 皆が息を飲んで見守るのは開かれている書物のページ。

 それは白紙なれど、巫女が黙って祈りを捧げると青白い光をぼうっと放って文字が浮かび上がる。


 これぞまさに神より賜えし『心写し』の妙技なり。


 残念であるのは我ら武家の席は巫女らの後となるお社の南側。

 北には世継ぎ人の長老を筆頭に本家の者達が堂々と並び、東西には分家の者たちがずらり揃う。そして天からは天照大御神あまてらすのおおみかみが見守る。

 彼らは記述が十人とも一字一句同じであることを確かめる。

 そのため日の光雲に隠れ、神の視線が遮らし時は皆が手を止め、時間が止まったように制止し再び光が差すのを待つのである。

 


 日が天頂を過ぎた頃、儀もいよいよ終盤に差し掛かり、事もなくお役御免かと思われた時異変が起こった。


 西側に座す分家の一人がまるで鬼でも見たかのようにおののき、二列目の巫女を指さした。

 どれよどれよと人の視線が泳ぎ回り、その異変に気付くとみな同じように奇声を上げた。


 そのうち巫女らも何があったかと互いを見合わせていると、二列目の左から二番目と四番目の巫女が左右に飛びのき、やや遅れて一人の巫女を残し他の巫女も離れてその場にうずくまった。


 望まぬことが起こったと悟った蒼一郎が立ち上がったちょうどその時、世継ぎ人の長がついにその異変を口にした。


「写し違いなどあり得ぬ! これはどうしたことか!」


 選ばれし十人の巫女が継承するは元は同じ一つの記憶。

 さればそれを写した内容も一字一句違わぬのが道理。

 もし、違うとするならばその者は――


「偽物じゃ!」


 そう叫びながら飛び込んできたのは十一人目の巫女。

 いや、恐らくは本来十人の巫女が内の一人であった者。

 彼女の言葉に辺りはざわつき、厳かな雰囲気は終と消え、武家の者共も刀を取るなり腰を上げるなり、各々に緊張を走らせた。


 しかし、その不穏を断ち切ったのは偽物と呼ばれた巫女であった。

 

「みな心して聞くがいい!」

 

 しんと静まり返る中、女は頭の衣をひらりと脱ぎおろし、その長く美しい黒髪を風に遊ばせながら口上する。


「我が名は染井そめい芳乃よしの! 我こそが真の歴史を紡ぐ者! 心写しを行えるは我をおいて他に無し! 世継ぎ人共よ! 偽りを広め我が母君を討ち殺した罪、その身で償うがいい!」


 女はそう叫ぶと懐より二振りの小太刀を抜き出し、片方の切っ先を長へと向けた。

 長はたじろぐも引きはせず、


「この神聖なる場にて神職の名を語る不届き者じゃ! 武家の者共よ即座に切り殺せぇえ!」


 長はひっ捕らえよではなく殺せと命じた。


 ――罪人と言えど神聖なる社にて切り殺せとはいかなることか⁉


 恐らくその場にいた武家の者は一様にそう感じた事であろう。

 みなが一歩出遅れたのはそう言った理由からであった。


 そしてその虚をつくようにして、一人の男が歩み出でた。

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