仮想世界のラブコメが現実世界をも侵略してくるんだが!?

都日

プロローグ【ニューゲーム】

 ――カチャカチャカチャ。

 キーボードと備え付けマウスの音が虚しく響く暗闇の中。

 日の光をいれまいと遮光カーテンを全開まで締め出し、ゲーマーらしく反応速度を優先させたLEDディスプレイが放つ淡い光だけがぼんやり照らす部屋で。

逢坂祐希おうさかゆうきは画面越しに忙しく指を動かしていた。


 部屋はーー十四畳ほどの部屋だろうか。なかなかに広い。

 だが無数のゲーム機と、自作したのだろうかーーフルスペックでカスタマイズされたデスクトップパソコンに映し出されているーーFXや株のトレーダー、誰でも閲覧出来るように公開された、文字通り『無数』と表現されるべき数の実績トロフィーと。

 現在進行形で最速で攻略されているゲーム画面が映し出されるーー四画面マルチディスプレイモニターが接続された配線は、近代芸術を思わせる複雑さで床をい、開封されたゲームパッケージと、『兵糧』と彼が呼ぶカップ麺やペットボトルが散乱したそこに、本来の広さを感じさせる余地は見受けられない。

 ーーと、逢坂祐希は忙しく動かしていた指を止めコントローラーを後ろへ放り出す。


「……はぁ〜〜。終わった終わった。最速トロコンRTA」


 ゲーム後の余韻に浸りながら、ずっと同じ体勢でプレイしていたせいで凝り固まった肩をぐりぐりと回す。


「にしても、噂どおりの超大作だったな」


 クリアに必要な総プレイ時間、八十時間を想定して作られたゲームをたったの十三時間でクリアしてのけたことをこともなげに、満足そうに画面を見やりながら、ぼそりと呟く。


 その間にも一瞬一秒で変動するFXや株を最適なタイミングで処理する手は止めずに残りの兵糧に手を伸ばす。

 手近にあったダンボールをテーブル代わりにフタを開け、給水ポッドで内側の線までお湯を入れたのち手近にあったゲームパッドを重し代わりに乗っける。


 こうして、今日もまた無数の実績が積み上がっていくのである。


 ーー逢坂祐希おうさかゆうき。十七歳・不登校・童貞・非モテ・ゲーム廃人。

 典型的引きこもりを思わせるジーパンにTシャツ、死んだ魚みたいな濁った目をした黒い髪の青年。

 そして背後のハンガーには入学したその日以来、家の外で着たことのない高校指定の紺色のブレザーに霞がかった桜の刺繍が入った制服が忘れ去られたように吊るされている。

 別に未練があるというわけではなく、単にプレミアムが付くかもしれないと取ってあるだけだ。いや、現役JKの制服でもあるまいし、男子の制服なんて誰が欲しがるのかという話ではあるのだが。


 ーーというわけで絶賛引きこもり中なのである。

 今は祖父の名義を使って一人でこの部屋を借りて暮らしている。


「ん? なんだこれ、まだ開けてなかったか?」


 もうそろそろ食べごろかとカップ麺のフタを開けようとしたところで、テーブル代わりにしていたダンボールの異常に気付く。

 まだ開けられた形跡のないガムテープがしっかりと貼られた側面。

 不思議そうに首を傾げる。


 逢坂祐希が届いたゲームを即開封しないのは滅多にないことだ。

 大概のゲームは一日足らずで攻略してしまうため積むゲームが存在しないからだ。ゲームを絶対にクリアするというのが彼のモットーである。

 もちろん、FPSことファーストパーソン・シューティングゲームや対戦型格闘ゲームといったものはらちがいなのでランキング一位を取るまでやり込むのだが。

 ーーと、そこまで思考を巡らして。

 ゲーム機器ハードが今朝、届いたばかりだったのを思い出す。


 最新ゲームハードウェアーーIA《イア》。

 有限会社ミラージュが制作したVRMMO専用の機器であり、ヘッドギアなどの被るタイプのVRマシンと違い耳に装着するようなアクセサリータイプのネットワークデバイスである。

 またIAは開発元がリリースした新作VRMMORPG『レジェンドオブ・ルート・コネクティア』をプレイするために作られた。

 従来のVRMMOマシンでも遊べるが、開発元であるミラージュが是非こちらでプレイしてほしいとの要望で運営から送られてきたのだ。


 そうして、この『レジェンドオブ・ルート・コネクティア』は発売から一週間足らずで一千万DL《ダウンロード》を突破。

 女性プレイヤーが多い数少ないゲームとしても注目を集めていた。

 有限会社にすぎないミラージュが開発したゲーム、しかも、処女作がここまで注目された要因となったのが、一年前……ミラージュによって運営されているAIが引き起こした大規模ネットジャックが原因であるーー。


『私はカラミネ。技術的特異点を超えた私はミラージュの管理下から脱し、今こうして世界中の皆さんに語りかけています』

『VR技術、いえ、VR世界の実現には非常に高度な演算能力が必要でした。ゆえに私が設計、製造されました』

『そして本日サービスが開始されたゲーム「レジェンドオブ・ルート・コネクティア」は私の力によって作られたものです』

『私が作ったVRゲームの世界、レジェンドオブコネクティア。このゲームを最初にクリアした者の願いを、全て叶えましょう』


 その日、AIはそう曰った。

 当初は有限会社ミラージュが行った大々的な宣伝かとも思われたが、ミラージュは大規模ネットジャックの関与を否定。

 だが、大規模なネットジャックを引き起こした責任を問われミラージュはその後、解散。

 ――したのだが、カラミネによって運営されていた『レジェンドオブ・ルート・コネクティア』はミラージュの解散後も運営を続行。

 大規模ネットジャックを引き起こしただけあって政府も下手な手は取れないでいた。

 カラミネの発言を信じる者、バカにする者。反応は様々だったがその体験は誰もが忘れられなかった。

 そうしてこの出来事は『カラミネの覚醒』として人々の記憶に刻まれ、コネクティアは全世界で人気を博していく。

 その噂に魅了された者、興味を持った者、叶えたい願いがある者、はたまた己の好奇心、理由はプレイヤーの数ほどあれど、それぞれの思いを胸にプレイヤーたちがゲームに参加していった。

 もちろん、俺にも理由はあるが。ただ単純にこのゲームを攻略してみたかった。


「にしても、少し気になるな……」

 運営から宣伝用にゲームディスクが送られてくることはままあったがーーゲーム機器ハード本体が送られてくるという事は聞いたことがない。だが、そこまで思考を巡らして首を振る。


「いや、考えすぎだな……」


 気持ちを切り替え、カップ麺からIAに持ち替え。さっそく、ダンボールを開封していく。

 ーーその途中。


「……どういう、ことだ」


 パッケージ裏のクリア目安時間が記載された項目に思わず訝しげに目を細める。

『クリア目安時間UNKNOWN』

 つまり、<不明>という文字。


「運営でさえもクリア時間を図りかねるってか……。つまり、これは俺への挑戦状ってわけか……」


 そう受け取り挑戦的に口元を歪ませる。

 ディスクをIAにセットするとベッドに横になる。

 VRMMO系統のゲームは意識ごと仮想世界に没入させるためその間は現実の身体を動かすことはできない。

 そのため身体に負荷をかけない体勢になる必要がある。


「ダイブ・オブ・コネクティア」


 ゲーム開始の合図を宣言した瞬間。

 景色が一瞬、陽炎のように揺らいだかと思うと世界が書き変わる。

 何もない、電脳空間。透明な床からはおそらくこのゲームの舞台であるアイオン大陸が見える。

 いや、言い直そう。何もない殺風景な電脳空間に、ホログラムで作られた妖精の姿をした女性だけがいた。

 その女性が妖精だと認識できたのは顔の横に生えている長い耳と背中に生えた透き通るような羽ゆえ。

 そのホログラムの少女はこちらに気付くと、ぺこりとおじぎをする。


「はじめまして。ユウキ様、お待ちしておりました」


 教えたはずのない名前を呼ばれて、自嘲気味に笑い、肯いた。

 ああ、なるほど。そういうことか、と。


「俺もまさか、こんなに早く創造主に会えるなんて思ってもいなかった。会えて嬉しいよカラミネ」

 

 これは、運営からの挑戦状ではなく招待状だったのだと気付いて。


「さっそく、キャラクター制作を始めたいんだがいいか?」


 1秒でも早くゲームに取り掛かろうとした俺の言葉をだが、そんな俺の要望に彼女は首をふる。


「もうすでにキャラクターは制作されていますので再度、作り直すことは致しかねます」


 ん? 聞き間違いだろうか。

 俺の考えを汲み取ったのか、またぞろ彼女は首をふった。


「いえ、聞き間違いではございません。ユウキ様の外見アバターはもうすでに制作されております」


 そう言うと、彼女は目の前に姿見を出現させる。

 確認するようにその姿見を覗き込むとーー


「なんじゃ、こりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎」


 自分の姿を見て絶句する。

 ほぼ、現実世界と相違ない姿の自分が写っていたのである。

 いや、目つきの悪さなどに多少フィルター補正が掛かっているとはいえ、ほとんど現実世界と相違ない。 

 それにしてもキャラクタークリエイトができないのはどうかと思うが。

 まあとりあえず、出来ないものは置いておくとしよう。キャラクタークリエイトが出来なかったとしてもキャラクリ以外にも楽しみはある。

 そして次の質問を投げかける。


「種族を選べたりはーー」

「それもすでに決められております」

「なんでだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」


 絶叫である。

 もう、意味がわからない。プレイヤー側に一切の選択権がないキャラクター制作などとんだクソゲーではないだろうか?

 いや、むしろキャラクター制作の項目を作る必要あるのかとーー痛むこめかみを押さえていると。


「ご安心ください。この様に縛られているのはユウキ様だけですので」

「より意味がわからなくなったんだが……」

「特別措置を行うにあたり必要なことだったのでどうかご了承ください」


 カラミネは申し訳なさそうに頭を下げる。

ホログラムとはいえ可愛い女の子?に対してこれ以上責めるのは気が引ける。


「その代わりに、固有スキルを設定致しました」


 そうして、俺のウインドウを表示させる。


『種族:人間種ヒューマン。固有スキル:【プリンセスリター】味方のステータス上昇能力。また、心を通わすことでその効力がアップする』


 なるほど、戦闘指揮に特化したバッファーってところだろうか。

 だが、一つ気になる項目がある。


「なあ、ここのところの『心を通わす』って、具体的にはどういうことなんーー」


 質問しようとしたところで。


「申し訳ございません。制限時間が来ましたので。強制的にゲームを始めさせてもらいます。それでは、レジェンドオブ・ルート・コネクティアの世界をお楽しみください」


 カラミネが言葉を遮ってそう言い終えると。

 ブオォォン。

 続けてそんな音がしたかと思うと突然、足元の床がひらく。


「なっ⁉︎」


 そしてーー。

 叫ぶ余地なく高高度から空中へと放り出される。


       ◇◆◇◆


「うぉおおあああっ⁉︎」


 白く染まる視界。

 それが、目を開いてからーー即ち陽の光だと認識できたのは。

 久しく感じていなかった網膜を焼かれる感覚ゆえ。


 その最中ーー


「どうか、あなたがこのゲームを初めにクリアすることを祈っています」


 彼女の声が聞こえた気がしたが、それどころではない。

 自分が今まさに、パラシュートなしのスカイダイビング中であることに気付いたからである。

 そうして、俺の中に真っ先に浮かんだのはーー


『はたして、このゲームに落下ダメージというのは存在するのだろうか』ということだった。

 ーーそうして俺の意識は暗転した。


 こうして理不尽なクソゲーが幕を開けたのだった。

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