2

 登校時刻より早く、教室へ着いた。

 一番乗り———ではなかった。

 あの子がいたのだ。

「お、おはようございます……」

「おはよう」


「……同じクラスでしたっけ?」

 俺は周りのことなんて全く見てこなかったから、言い切ることはできないのだけれど。

「いや、違うよ。委員会。これ」

 そう言って指差した先には何枚か絵が重ねられていた。

「あー、なるほど」

 文化委員会ぶんかいいんかいか。


 ……ん?

 待てよ。

 右手に持っているのは———きのう俺たちがけなした、あの小説だった。ビリビリの状態。ゴミ箱から持ち出してきたのだろう。

 俺の視線に気づいたのか、彼女は言った。

「あ、これ、あなた達がけなしてた小説」

「……つまんなかっただろ?」

 俺は笑った。

 そして、続ける。

「ストーリーはしょうもないし、キャラもクソ。こんなの恥ずかしい厨二小説だよ」

「やめてッ」

 はっとして見ると、彼女はとても苦しそうな顔をしていた。

「やめて……」

「……なんで」

「だってそれは———

「———ッ」


 ……そうだ。

 俺がいつもけなし、罵り、唾棄した小説———それは俺が書いた物語。


 拙くても。ほんとうに、

「大好きな物語なんだよ……」


 ポツンと、床に点ができた。それは止まることを知らない。

死んでいた感情が雪崩のように動き出した。

「うわあああああああッ!!! ああああああッ!!」

 俺はクラスでずっと独りだった。だから小説を書いた。そこは自分だけの世界で。

 でも、「ぼっち」なのに幸せそうな俺にムカついたのだろう。クラスのやつらに小説を読まれた。

 感想は———「クソつまんねえ」。

 そしてそれから———殴られ、蹴られ。罵られて吐いた。思い出したくないことばかりだ。

 俺が死にそうになったら、今度は感想を求められた。

「感想」つったって、あいつらが求めてるのは俺が俺の小説を自分でけなすことだ。

 さっさと無くなってしまったらいいのに、いつも感情はついてまわってきて、心の中に、溜まってく———

 彼女は、ずっと背中をさすってくれていた。

 と、そのとき。ドンドンドン……

「あいつらが来たッ」

 その声に俺は顔を上げる。

 彼女は荷物をまとめ、去ってゆく——と、振り向いて俺にこう言った。

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