第15話

緑ヶ丘住宅で起きた殺人事件から1週間が建った。

現場の家には黄色い規制線が張られていたが、マスコミなどの取材もひと段落して、住宅街はやや落ち着きを取り戻していた。

その日は、朝からよく晴れて空が高い気持ちの良い朝になっていた。

高気圧が関東周辺にどっしりと居座り、晴れた日が続いていた。

3丁目に住む主婦の岩井加奈子は愛犬のルイを連れて朝の散歩をしていた。

ルイはアメリカンコッカスパニエルで、3歳の男の子で、元気いっぱいに中央公園の草むらを尻尾がちぎれるのではないかと思うくらい左右に振り続けて臭いを嗅ぎながら歩いていた。

すると、草むらから小さい犬がいきなり現れた。

ルイはびっくりした様子だったが、いきなり現れた犬に激しく吼えたてた。

その犬はちわわで、体長20センチほどの小さい犬だったが、目に恐怖感が表れていたので、主婦は思わず「どうしたの」と声をかけた。

ちわわは飛び出したところに座り込んでしまった。

リードが付いているので、どこかの家から逃げ出したようではない。

「飼い主さんはどうしたのかしら」

主婦はまわりを見回したが何も見えなかった。

とりあえず、その犬のリードを掴み、草むらの向こうにある道路に出た。

林のように木があるところに人の足が見えた。

「大変だわ」

何か急病になって倒れているのだと思ってすぐにそこに向かうと、かなりの年齢の女性だと分かった。

茶色のブラウスと紺色のスカートをはいていたが、足は素足だった。

よく見ると、胸のあたりに真っ赤な鮮血があった。

「きゃー」

主婦は立っていられずにその場に座り込んだ。



緑ヶ丘住宅のなかにある中央公園で発見された死体は、6丁目に住む奥山奈津子72歳だった。

死亡推定時間は午前6時前後だった。

死因は鋭利な刃物による刺殺で、直接の死因は失血死だった。

平和な住宅街で起きた連続殺人事件は周辺の住民を震撼させ、全国のニュースでも連日報道されて大変な騒ぎになった。


埼玉県警の湯浅本部長は特別声明を発表して、県警の総力を挙げて事件解決を急ぐことを誓った。


西三郷署に置かれた捜査本部は、緑ヶ丘殺人事件捜査本部から、緑ヶ丘連続殺人事件と書き換えられた。

第二の殺人事件を担当したのは本部からやってきた河野刑事と窪田刑事ら捜査1課の刑事たちだった。

殺された奥山奈津子は夫とのふたり暮らしで、子供たちは都内で独立して生活している。

夫はそのときは大学のサークル仲間のOBたちと登山に行っていて留守だった。

問題はこの連続殺人が関連性のあるものかどうかということだった。

今回も目撃者はいなくて、怪しい人影を見たという証言も得られなかった。

捜査会議では、第一の殺人事件の捜査経過が報告されたのだが、まだ捜査の初期段階で、担当している西三郷署の深津刑事によると、以前に住んでいたマンションであったトラブルが今回の事件に何らかの関連性があるのかどうかということを捜査中ということだった。


河野たちは、葬儀のために葬儀場にいる夫に話しを聞くことにした。


「奥さんには何かトラブルがありましたか」

「そんなことは聞いたことがありません」

「近所で何らかのトラブルがあったとか聞いてませんか」

「まったく聞いていません」

まるで取り付く島がなかった。

妻が亡くなった直後だったので仕方のないことだった。

そんなときにでも捜査しなければならない刑事という仕事が普通と違う職業なのだということだと思った。

「まだ同じ犯人と決まったわけではないしな」

「そうですよね、夫だってまだ容疑者の可能性はありますよ、さもなければ子供とか」

「全国の殺人事件の半分が肉親の怨恨だという数字もあるしな」

「しかし旦那にはアリバイがありますよ」

「確かにそうだな、まさか松本清張ばりの交通トリックがあるわけでもあるまいし」「とにかく参列者に話を聞いてみよう」


通夜の席には被害者の近所の人をはじめ、多くの列席者があったので、本部からの刑事だけでは足りなくて所轄からの応援も頼んだのだった。



#16に続く。





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