最後に勝つのは私たち

江田 吏来

第1話 不安だらけのスタート

 ぽっちゃり、なめるなよ!


 体育の授業中に荒々しい声が響いた。

 驚いて顔をあげると、色白のぽっちゃりさんがいる。

 いかにもやわらかそうな体にはむにっとしたお肉がついて、三つの首、すなわち手首、足首、首が消えそうになってる人だ。

 

 私の口がぽかんと開く。

 ここの中学校にいるぽっちゃりさんは、私だけのはず。


「ねえ、みやちゃん。あの人、だれ?」


 友だちの宮津みやづさんにたずねると、すぐ答えが返ってきた。

 

「二学期から隣のクラスにきた人だよぅ。えっとぉ、お名前は万丈ばんじょう百葉ももはさん」

「へえ、中三の二学期からなんてめずらしいね。受験があるのに」

「受験も大変だけどぉ、ほら、隣のクラスには早乙女さおとめさんたちがいるでしょう」


 その名前が出てくると、私の顔が引きつってくる。

 三つの首がスラッとして、モデル体型の早乙女さんはぽっちゃりが嫌い、というか見下している。だからぽっちゃり体型の私はとことんいじられた。


 中三になって私は一組。早乙女さんは二組。これでいじられない、笑われないと喜んだのに、体育は二クラス合同だった。

 走るたびに「ドス、ドスン」と嫌味な効果音をつけて笑ってくる、早乙女さん。でも最近は笑い声を聞いていない。

 

「そっか、ターゲットが私から万丈さんにかわったんだ」

 

 体育がはじまると、暗い気持ちに押しつぶされてずっとうつむいていたから、万丈さんの存在に気がつかなかった。


 早乙女さんに目をつけられてかわいそうだけど、私にはなにもできない。

 それに今は体育の授業中。

 先生が「二人から八人ぐらいのグループを作って、創作ダンスをしてもらいます」といったから、私は宮ちゃんと組んで、どこかのグループに入れてもらうつもりだった。だけど、早乙女さんの大きな声が耳に突きささってくる。


「万丈さん、その体型で踊れるの? こっちは体育の成績、ひとつだって落としたくないのに、グループに入れてあげるっていってるのよ。それなのに『ぽっちゃり、なめるなよ』って。やってらんなぁーい、一人で躍ってろッ」


 そう、私たちは高校受験をひかえている。

 入試では当日の学力テストと調査書の記載内容を点数化した、いわゆる内申点で合否が決まる。

 学力に不安があるからできるだけ多くの内申点がほしい。だから私みたいな運動音痴をグループに入れてしまうと、体育の成績が落ちる。


 ここで私はハッとした。


 宮ちゃんと一緒に……って考えているけど、もしかして私と組みたくない。成績を落としたくないと思っていたら。

 私は大きく首をふった。

 宮ちゃんはそんな人じゃない!

 でも――。


「はい、はーい。静かに」


 ピピピィーッと笛を吹いてから、先生は両手を腰にあてた。


「グループには入れない子や、生徒同士でケンカするなら先生が勝手にグループを決めます。それでいい?」


 それでいいでーす♪ と心の中でガッツポーズを決めたのは私だけ。「そんなのいやー」とか「えー、好きな人と組みたい」といった声が、体育館の隅々にまで広がっていく。

 

「それなら静かにグループを決めなさい!」


 先生が勝手に決めてくれた方がいいのに……。

 軽くため息をついて宮ちゃんに声をかけようとしたのに、いつの間にか万丈さんが私の前に立っていた。


「一組の柏原かしはら聡美さとみさんね。あたしは二組の万丈ばんじょう百葉ももは。二人でどうかしら?」

「えっ?」

「あれれぇー、かっちゃんは万丈さんと組んじゃうのかぁ。ざぁんねーん、私は八木やぎちゃんの所に入れてもらおうかなぁ」

「えっ、宮ちゃん」


 三人で組めばいいじゃん!

 そう言い出す前にスススッと宮ちゃんは八木さんたちの所へ。

 八木さんはダンスを習っている。今回の授業、創作ダンスで成績をあげるにはもってこいの人物だった。


「ごめんねぇー、本当は柏原さんと組みたかったんだけどぉ、万丈さんと組むみたいなのぉ。余っちゃうと、先生が怒るでしょう。だからぁ八木ちゃんの所に入れてぇ」


 宮ちゃんはもっともらしい言葉を並べて、八木さんのグループへいっちゃった。 

 私、万丈さんとしゃべったことないよ。

 今日、はじめてその存在を知ったのにどうして?

 その混乱と戸惑いが思いっ切り顔に表れたのかもしれない。万丈さんはさみしそうな笑みを浮かべた。


「柏原さん、ごめんなさい。迷惑だったかしら?」


 はい、迷惑です。

 そんなことをいえる勇気は持ってない。

 

「迷惑じゃないよ。クラスも違うし、話したこともなかったからちょっと驚いて……」

「あたしはこの学校に来たときから、あなたに注目していたの」

「ちゅ、注目って。私、目立つようなことしてないよ」

「早乙女たちがあたしのこと『柏原二号』って呼ぶから」

「あー、なるほど」


 二人とも体型が似ているぽっちゃりさん。

 なんだか悲しくなってきたけど、万丈さんはニカッと笑った。


「あいつらを見返すためにも、二人でがんばりましょう!」

「見返すって……」

 

 運動音痴はいつまでも、どこまでも運動音痴。ちょっとやそっとがんばったぐらいで見返せるわけがない。


「まさか」


 嫌な予感がした。

 万丈さんは私と違って、運動神経抜群のぽっちゃりさんかもしれない。

 できる人ほど簡単に「がんばれ」の言葉を使うから、困った顔しかできない。

 ここは、はっきりさせた方がいい。


「私、ダンスなんてできないよ」

「あら、あたしだって苦手よ。体型だけじゃなくて気も合うのね」

「二人で組んで踊っても、早乙女さんたちに笑われるだけだよ」

「柏原さんは笑い物になりたいの?」

「なりたいわけないじゃん。でも、現実はそうでしょう」

「あいつらは、だれかを笑い物にして自己肯定感を得るかわいそうな人たちなのよ」


 これまた大きな声で爆弾発言をした。

 あきらかにケンカを売っている。

 

「ちょっと万丈さん、もう少し小さな声で話そうか」

「どうして? 本当のことでしょう」

「あ、あのね、人は本当のこといわれるとカッとなるの。ケンカとかしたくないし」

「ぷはっ、やっぱり柏原さんに決めて正解だったわ。あたしたち、仲良くなれそうね」


 万丈さんに気に入られても正直、面倒ごとに巻き込まれる未来しか想像できない。

 不安だらけのスタートになってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る