「すいませぇん」


「あ。少々お待ちください。はいはい。なんですか?」


「いや、あの。いつもの出前なんすけど。なんか機械がさっきの雷で壊れたみたいで。ごはん。扉の前に置いておいても、いいすか?」


「あっごめんなさい。扉。はい。どうぞどうぞ」


「ええと、じゃあ、ここに」


「あっはい。そこで」


「いつもご利用ありがとうございまっす。失礼しまっす」


「待って」


「は?」


「もう一回。もう一回」


「いつもご利用ありがとうございまっす」


「いやちがうくて。ええと。お辞儀はいいですから。あの。顔を。顔を見せてください」


「え。あっはい。いつも出前のご利用」


 どたどたという音。


 扉が派手に開く音。


「うわあああっ」


「おわあっ」


 倒れ込む。


 ふたり。


「あああ。あなただ。あなたがいる。わたし。わたしです」


「うそだろ。おいおいおい。なんで。おい。あなたは」


「逢えた。わたし。あなたに。逢いたかった。わたしはずっと」


「いやちょっと。待って待って。なんなの。それはないでしょおお」


「どう、したの?」


「いつも出前を頼んだのがうちの店で、俺がいつも出前を運んでいたというのはいい。でも。でもですよ。あのですね。いちおう、分かりきったことですけど、聞きます」


「はい。なんでしょう?」


「あなたは、ここに、住んでおられるのですか?」


「はい。大浴場がほしくて。このマンションごと買いました」


「隣の部屋に、誰が住んでいるのか。ご存じですか?」


「いいえ。ぜんぜん」


「俺です」


「え」


「俺。隣に住んでます。ってか、このマンション、住んでるのあなた以外に俺だけです」


「え、うそ。なんで?」


「職場の飯屋から近いからですよっ。出前はいつも、ここに届けるからっ。いつも一回家に帰れるなってっ。思ってましたっ」


「あはは。ばかじゃん、わたし。隣に住んでたのに。気付かなかった。鏡の向こう側にあなたがいて。あな、たと。あえ、ないと。思って、た。から」


「あ、はいはい。一旦泣きやみましょう。まだ俺、仕事中ですから」


「いやだ」


「え?」


「わたし。あなたに逢えないから心を壊してたのに。会えたんだもの。もう離れません」


「いやいやいや。俺仕事中」


「一緒に行きます。ごはん食べに行く」


「出前は?」


「わたしと一緒に運んで?」


「なかなかに無茶言うなあ」


「フライパンで叩かれたらどうしよ」


「俺しか叩かないし大丈夫だよ、たぶん」

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