06 彼女

 心のおかしさが。


 限界に達した。


 朝起きて洗面台に立つ以外は、ソファから、動けなくなった。何もできない。何もしたくない。たまに友達から電話がかかってくるので、それにだけは応対した。インターネットの配信も、なんとか欠かさずやった。


 すでに、一生暮らせるぐらいの額は配信でかせいだのに。何か強迫観念のようなものに突き動かされて、まだ配信を続けている。


 一日のほとんどをソファの上で過ごし。


 寝る前に、ようやく、立ち上がる。


 お風呂に入るために。


 配信ツールも安物で、身の回りのものにも何一つ高価なものを使わなかったけど。唯一、お風呂だけは。高価なものだった。


 大浴場の温泉。これを得るためだけに。この都心の一等地マンションを買った。大家ということになるが、他のフロアに誰が住んでいるのかとかも全然知らない。このお風呂だけが、目的。これをひとりじめするためだけに。マンション買った。


 服を脱ぎ捨てて。


 浴場に飛び込む。


 ひとりじめだから。こうやって身体を洗わずに飛び込んだり。泳いだりしても。誰も何も言わない。


「ふああ」


 沁みる。


 からだに。こころに。温泉が。しみわたる。


「これのためだけに生きてる」


 この、お風呂のためだけに。


 心が壊れても。お風呂さえあれば。


「ううん。違う」


 お風呂が目的じゃない。


 お風呂から上がって。


 牛乳にココアを混ぜて一気飲みして。


 また、ソファに沈み込む。


 お風呂の後の。


 この睡眠のためだけに。


 毎日を、生きている。

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