荘園の狸4

 「道西様‼」

 七重の声が聞こえてきた。


 「七重様。何かご用かの?お上がりください。」

 道西がそう言うと七重がお堂へ上がり込んできた。手には福丸を取り押さえるようにして抱えている。後ろからは深雪狐が呆れ顔でついてきている。

 七重は賢寿丸を見つけると即座に言った。

 「賢寿丸様も来てたの?」

 「ああ近くで見つけての。」

 道西が賢寿丸の代わりに答えると七重と福丸、深雪狐の席を用意し案内する。


 「七重様。福丸がまた何かしでかしたかの?」

 道西が笑いかけると七重が福丸を掲げた。福丸の四肢と尻尾がだらりと下がる。

「福丸ったら今度は、尾花が使いで出掛ける度に、尾花の足元にまとわりついて邪魔したりしてさ。」


 深雪狐は宙ぶらりんとなった福丸を呆れながら見上げる。

 「それでこの人間の女童を怒らせちゃったのさ。わざわざ坊さんの所まで連れて行って。」

 「それくらいいいだろ…。」

 福丸が七重を見上げ、次に深雪狐に睨みをきかせる。深雪狐はその睨みをふふんと嘲笑する。


 「あんたからしたら遊びでも尾花からしたら遊びじゃないの。この間、駒十郎が隠れていた場所を見つけたお礼の握り飯は渡したでしょ。それに館に入るつもりなら一言言ってねって言わなかった‼」

 七重が𠮟りつけると福丸は不満そうな顔をする。


 すると福丸は突然の発言をする。

 「おいらだって遊びのつもりじゃないさ。跡取りとしての試練みたいな感じで…」

 「はあ?」

 七重は福丸を床に降ろすと同時に不信感を帯びながら聞き返す。


 「おいらがお前の館に忍びこもうとするのは父ちゃんと約束があるからだよ。望月丸の跡取りなら人間を化かしてみろ。まずは人間に化けてバレずに目代の館に忍び込めってさ。」 


 七重はまだ疑いの目を向ける

 ずっと横で見物していた賢寿丸が口を開いた。

 「誤魔化してるんじゃないよな?」

 「当たり前だ。」

 福丸は胸を張って見せる。


 七重は福丸の隣に佇む深雪を一瞥すると強く言った。

 「そのうち深雪狐みたいに追われるかもしれないからね。狸狩りとか。そういう事を父上たちが始めても私止めないから。」

 深雪狐は悔しそうにそっぽを向けた。


 「あっそれは…。」

 思わず口に出しそうになった。

 狐狩りは荘園にはびこる平家を探すための方便。桑次郎たちに念入りに口止めされたばかりだというのに。

 幸いにも七重と福丸、深雪は言い合いに夢中になっていて気づいていないようだ。安堵して呟き自体していない体を繕う。視線を七重と福丸、深雪からずらす。ずらした先を見てドキっとした。


 (道西様…)

 道西は七重と福丸を微笑ましく眺めている。賢寿丸は横目でこっそりと観察した。

 道西は賢寿丸に「それはとは?」と尋ねる素振りを見せない。聞かれていたか自体が分からなかった。

 

 「おい、賢寿丸。」

 福丸の声に賢寿丸は我に返った。


 「見てろよな。おいら館に忍び込んだら、その証を残してやるからな。」

 福丸が胸を張る。七重がその横から「どうだか。」と軽く小突く。深雪は「次は上手くいくかね。」と嘲る。それでも福丸は態度を崩さなかった。

 「おいらを見くびっていられるのも今のうちだからな。七重は館の守りを心配した方がいいし。賢寿丸は…」

 福丸が賢寿丸に顔を向ける。小さな体に強めの意地が漂ってくる。

 「この荘園の地頭、岩辺の嫡男としておいらを止められるかな。」

 福丸ははははと高笑いして見せた。

 「こいつ…」

 賢寿丸は苦々しくも呆れながら図に乗る福丸を眺めた。

 

 「それではどうなるかの?」

 唐突に道西が口を開いた。

 「また失敗しますよ道西様。」

 七重が福丸を指さす。


 「じゃが福丸は化ける稽古を続けているのじゃろ。」

 「もちろんだ。」

 福丸が元気よく返事をする。

 「まあ確かに…坊さんの言う通りだよ。この子を見てたら。前よりも化けるのが上手くなってきてるけねえ。まあ望月丸と私には及ばないけど。」

 深雪狐が「どうなるかね?」と面白そうに呟く。


 「しかし、七重様は覚えが良く、荘園に出入りする者の名前と顔を忘れない。賢寿丸様は気づきがいいようじゃ。どうするのじゃ福丸?」

 道西は意地の悪い笑みを福丸に向ける。

 「できるさ。」

 福丸の頬が膨らむ。


 「そうか。まだ儂がいる間に見てみたいものじゃな…。」 

 賢寿丸ははっと道西に顔を向ける。

 七重は道西の裾を掴んだ。

 「道西様…。どこかに行かれてしまうの?」

 「さあての…」

 道西はそれ以上答えなかった。

 賢寿丸と七重がしつこく聞いてもはぐらかすばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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