BSオンライン

Fの導師

第1話 ①

 BSオンライン。正式には『ブレイブリー・ソード・オンライン』っていう名前の大人気オンラインゲームね。


 『ヒュージー』と総称される巨大生物を武器やアイテムを駆使して倒し、素材を手に入れて武装を強化してさらなる獲物を狩りに行くという、ハンティングアクション系統のゲームなの。あ、でもスキル成長とかの要素もあるからアクションRPGっていうほうがいいのかな?


 どちらにせよ巨大生物との迫力満点の戦いが華のゲームなんだけど、このゲームの戦場はフィールドだけじゃないの。


 街中の工房で素材を相手に最高の製品を生み出すために繰り広げられるもう一つの戦い、つまりは生産職プレイができるのね。


 生産工程はパズルのような素材配置やリズムゲームのような作業アクションで構成された、もはや別ゲームと言える内容なの。私はそっちの方に興味を惹かれ、今では立派な生産職の一人だ。



 あ、自己紹介が遅れたけど私の名前は陽月真理亜。キャラクター名はマリア=ソルナよ。正式サービス開始から遊び続けて早4年目に突入。去年は高校受験でログイン率を減らしていたから、受験が終わってからの春休み期間中は山積みになっていた生産依頼の消化に勤しんでいたわ。


「ふう。このポーション熟成が終われば溜めこみ依頼は完了ね。受験期間だから春休みまではほとんど依頼に取り掛かれないと告知していたのにこれだけ依頼がたまっているとはね~」


 VRバイザーに内蔵されたマイクが私のつぶやきを拾ってテキスト化する。普通にボイスチャットもできるんだけど、リアルの性別とは異なるキャラを遊ぶ人がボイチャを避ける傾向があり、さりとてキーボード入力だと手間だということで、オートワード以外では没コミュニケーション状態になるという人がそこそこいたため音声入力テキストというシステムを導入したのだとか。パッシブでは全体発言の設定になっているけど、キャラクター同士の距離によって表示の有無が選択されるからそこまでテキストで画面が見づらくなることはないかな。距離感も結構リアルに準拠した縮尺でチョイスされるから不都合感も少ないわ。


「それにしても常連さんやフレンドさんからの合格お祝いメールもいっぱい来てたよね~・・・。全部に目は通せたけど、返事はまだ半分くらいなんだよね」


 まあ、学力に見合った高校を選んで受験したから危なげなく合格したし、気にしてくれてた人が多かったから営業再開の告知に合わせて合格したことを添えたんだよね。私だって逆の立場だったらお祝いメール送るしね。それに、これだけの人が喜んでくれていると思うとやっぱり嬉しいし。作業の合間にぼちぼちと返信して行こう。こういうのに一斉メールで同じ文章を送るというのは個人的に手抜き感が強くて嫌だし。ただ、告知看板の文面には『合格祝いメールをくれた皆さん、ありがとうございましたー!!』って一文を追加しておこうっと。


「マリアさん、いらっしゃいますか?」


 店舗側の方からメッセージが。発信者はフレンドさんのサラサちゃんだ。ポーションは熟成完了したら自動でアイテムボックスに入れられるから放っておいても大丈夫だし、顔を出そう。


「いらっしゃい、サラサさん」


 工房から店舗のカウンターに移動すると、店内には要所要所に装甲を取り付けたドレスを身につけたモデルさんのような美女が待っていた。170cmくらいの設定かな。私のキャラクターはリアルの自分と同じ150cmだから、頭1個分くらい大きいのよね。


「お忙しいところに申し訳ありません。お仕事の邪魔ではありませんでしたか?」


 サラサちゃんは丁寧な口調で話すから、本当にお嬢様っぽいの。というか、前に教えてくれた話だとリアルでお嬢様なの。ついでに言うと彼女のリアルは小学生なんだとか。キャラクターの造形は彼女の理想像なんだとか。うん、良くある話だよね。


「いまは丁度手が空いてたから大丈夫ですよ。何かご注文ですか?」


 私は見た目的に年齢逆転をしていることと「なりきり」の二重の理由で丁寧に対応する。それでも無意識に地のしゃべり方が出ちゃうこともあるけどね。


「スプリングイベントで桜走竜の花鱗をたくさん手に入れたので、加工をお願いできないかと思いまして」


 そう言って彼女は素材を提示した。花鱗が83枚か。結構頑張ったんだ~。フィールドクエストでも1体から2~3枚くらいしか剥ぎ取れないし、多くて3頭程度しか同時遭遇しないから。イベント限定のフィールド『桜の荒れ地』をかなりグルグル歩き回らないとここまで集まらないんだよ。


「これだけあれば装備一式分は軽く作れるくらいのコア素材になりますね。各装備の作成で必要となる素材ですが――――」


 私は彼女へレシピを提示する。


・ブロッサムレイピア:桜走竜の花鱗×3/走竜の爪×3/燐光岩×15/響音骨×2

・桜の戦姫装束:桜走竜の花鱗×8/走竜の皮×6/硬鉄鉱×10/桃色シルク×12

・桜花の籠手:桜走竜の花鱗×4/走竜の爪×4/走竜の皮×2/銀水晶×10

・スプリングブーツ:桜走竜の花鱗×6/走竜の牙×4/走竜の皮×4/軽緑鋼×2


「はい。これなら全ての素材がそろっています」


「承知しました。作成費用として合計で153000グランのご請求となりますがよろしいですか?」


「ええっと・・・・・・余剰素材の買い取りで相殺できませんか?」


 そう言ってサラサちゃんは一般素材倉庫のリストを開いて見せてくる。レア度が一定以下の素材が自動で選別されて入れられるアイテムボックスね。隠しクエストをクリアして解放するか課金して解放するするかで使えるようになるわ。


「それでは、費用の内のどれだけを素材引取りにしますか?」


「手持ちのグランが10万しかなくて、いくらか余裕を持ちたいので・・・・・・10万グラン分を素材買い取りでできますでしょうか?」


 10万か~。見たところ換金用アイテムが少ないから、サラサちゃんの今後も考慮して選ぶとすると――――――


「黄金巨虫の化石を10、花鱗を30、銀水晶を10、緑玉鋼を10、硬鉱石を20で10万グランになりますね。こちらの品目で問題はありませんか?」


 換金アイテムの化石にだぶついてる花鱗に掘ればそこそこ集まる水晶と鉱石だから負担はないと思う。玉鋼もモブエネミー扱いの緑玉鋼獣をいくらか狩ればすぐに手に入るし。響音骨がもうちょっとあればそちらの買い取りも考えたんだけど、アイテムレア度とドロップ率がおかしいと言われる素材を取っちゃうのは可哀想だからね。


「えっと――はい、問題ありません。では、残りの53000グランです」


「はい、確認しました。2時間程度で出来上がると思います。フレンド転送でお届けしましょうか?」


「いえ、こちらへ取りに寄らせていただきます。それでは、2時間後にまた」


「はい、お待ちしております。ありがとうございました」


 店を出るサラサちゃんをお辞儀をして見送ると、早速工房へ取って返す。


「さて、と。まずはレイピアからね。燐光岩を燐光鋼に加工して刀身とナックルガードを作らないと」


 炉の設定を行いながら作成工程を思い返す。このゲームの生産作業は大まかに①パーツを作る。②パーツを組み合わせる。③仕上げをする。となっている。パーツ作りがまあまあリズムゲームというかテンポ感とタイミングが命のミニゲーム。パーツ組みがパズルケーム感覚で行うミニゲーム。仕上げは微調整程度の数値調整。完了ボタンを押したら完成となり作業終了となる。一度完成させてしまうと微調整し直すのに専用の消費アイテムが必要になるからどの生産者でもアイテム分++手間賃程度のグランは請求することになる。


「炉の温度は問題なし。岩を3個ずつに分けて時間差で、と」


 3個ずつ、溶けはじめたら次を入れて――を繰り返し、全部入れたら炉の温度を高温に保ちながら十分に溶けきるのを待つ。溶けきったら二つの型へ一定の量と速度で流し込む。全部流しこんだら型を適度に叩いて均一にしていく。均一になったら硬化凝固薬を流し込んでインゴット状に固める。それで燐光鋼の完成。で、その燐光鋼を加工ハンマーでトンテンカンテンと打って、加熱して、混合錬金液で焼き入れして、と繰り返してレイピアの刀身を作る。もう一つの燐光鋼は叩いて削ってナックルガードにする。


「このメトロノームみたいに等間隔でぽんぽんボタンを押していくのが楽しいよね」


 生産職の人以外にはまるで共感してもらえない感想を漏らしつつも、つつがなく刀身とナックルガードのパーツは完成。響音骨を削って形を整え、錬金薬を塗って硬化処理してすべり止めの加工をすると柄ができる。爪と花鱗は装飾用のパーツなので取り付け用に少し手を加える程度。


「さて、前半折り返しの組み立て作業~♪」


 作業台にパーツを並べると完成品のラフ画っぽいものがうっすらと見える。それを基にして寸分の狂いなくパーツを組み合わせはめ込んでいけば組み立ても完了。職人の個性を出すためにわざと微妙な“遊び”を入れることで品質をいじれるの。まあ、たいていは品質低下になるけど。本当にこれだ!ってはまり方をすると品質がぐっとアップするの。生産系のスキルのレベルが上がるとヒントサインが見えるようになるけど、それに頼ると高品質までにしかならないのよね。最高品質は本当に職員の勘とセンスの領域なのよね。パーツ作りでの品質が良いことは大前提だけど。採集特化の人だと素材の時点で「記号付き」と呼ばれる高品質のものが手に入るし、そういう素材を使えば基本通りに完成さるだけで品質が良くなるのよ。ただ、高品質の素材を使うと作業工程のミニゲームがハードモードというかヘルモードというか・・・とにかくシビアで難しくなるからそもそも完成させること自体が難しくなるんだけどね。


「サラサちゃんのイメージだと爪は少し開き気味で装飾感を強めて、花鱗を強調した配置で取り付けて―――」


 実のところ、最高品質の作成には正解がないの。全く同じように作ったはずなのに高品質や特上品質止まりになったり、異なる配置で作ったのに最高品質になる時もある。でもね、これは私個人の感覚なんだけど、使う人のことを考えてその人のための最良の形をイメージして作り上げた時にこそ最高品質になるんだよ。


「組みあがったから、ここからがある意味本番の微調整~」


 スキルレベルが一定を超えたら解放されるこの微調整。実はしなくても構わないの。製品としては組み上げた時点で完成だから。完了ボタンも組み上げを終えた時点で表示されるしね。画面もミニゲーム風なものからただの数字の羅列に変わるし、無数に並ぶ数字を見てもやり方がわからないうちはどの数字がどんな影響を生むのかさっぱりだもん。試行錯誤を繰り返してどの数字が何を意味しているのかを理解し把握できた職人だけが、この領域に挑戦する権利を得るの。まあ、その恩恵をはっきりと感じられるレベルでの調整が出来る人って生産職人上位者のなかの更にごく一部なんだけどね。それなのに微調整を理解した人は必ず挑戦し続けるの。だって、微調整の効果が一定値を超えると『ユニークアイテム』として認定され、製作者がその製品に命名することができるから。この世でたった一つの唯一品の製作はゲーム内生産者の夢と言っても良い。


「―――できた! それにユニーク認定もついた!」


 久しぶりのユニーク認定だわ。品質も最高品質からユニーク品質に変わったわね。名づけ操作は私だけだけど、名前はサラサちゃんの意見を聞きたい。なので命名保留状態にして作業を完了させる。年明けのアップデート前までは命名まで済ませないと作業を完了できなかったというか、完了させちゃうと元の名前に(ユニーク)ってついた名前が自動で付けられてしまうという状態だったのね。おかげでユニークアイテムが出来たことでその名前が思いつくまでその職人さんが一切ほかの生産作業を行えなくなるという事態が起きてしまったの。本当に奇跡のような確率の事故だったんだけど、その時の職人さんがトップランカーのプレーヤーさんの依頼を大量に抱えた状態だったせいですごい大事になっちゃって。本当の本当に限られた人にしか関係しないのにかなり労力をつぎ込む修正が行われたんだよね。


【アチーブメント:ユニーク認定10個を達成しました】


 !? なんか急にシステムメッセージが来たよ?!


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