第3話 ヒーローになりたくて


キリュウは、真っ白い空間で三角座りで座り込んで涙を流した。


ただ誰もいない世界で一人ぼっちで泣いていた。


『誰か助けてよ...俺を助けてよ...』


そう心の奥底で言葉に出して言っているのを感じた。

でも、この空間には誰も手を差し伸べてくれる人はいないことは分かっていたーーー


でも、きっと...

そう信じて心の底から声を出そうとした瞬間。


叫びながら、

自分の寝室にいることに気がついた。


時計を見て朝になっているのを見て、大きくため息をつく。

兄と母は仕事に出ている時間で気を使ってなのか、

部屋の前に書き置きがあった。


『朝飯は下にある!以上』


そう書き置きには大きく兄の字で書かれていた。手に取って、とりあえず食卓に向かいテーブルの上に置いてある朝食に手をつけた。


ふと、携帯に目を向けると通知が多く溜まっていてどれもこれも、キリュウを気遣っている内容だった。


「痛っ!」


身体から思わず声を出すような痛みが走り目の前にある真っ暗なテレビ画面に映る自分の腫れ上がった顔を見てふと昨日のボコボコに不良に殴られたことを思い出した。


そんな顔を見てため息をつく、


「なんというか、声だけ...書き置きだけ...なんだよーーー」


キリュウはそういうと心の底から自分に対する嫌悪感が溢れてきたのを感じた。


アメフトが二度とできない怪我をしてついでにチームの負けを背負うようなことをして全ての自信を失った。


そして、好きだった人からはフラれて...


声はかけてくれても、誰も俺のことに構ってくれないことの原因が...


「みっともなく、惨めな自分だから。ダメなんだ」


キリュウは大きくため息をついて、自分が嫌いになりつつもどこか空腹であることを感じ自分の部屋を出て誰もいないリビングでにおいてある食事に手を付けることにした。


時計を見るのを忘れていて、今が一体何時なのかも分からずにいた。


食事をとりながら、ふとあることに気が付いた。

味を感じられなかったのだ、ただぼおっとして生きるために空腹を満たすために食べていることに気が付く。


時間にも食事にも興味がなくなっていた。

キリュウはそのことをふと思うと、本当に心の底から自分への嫌悪感だけが湧き出てきていた。


でもその嫌悪感とともにあることを思い出す。

それは過去に自分自身が思っていたことだ。


『かっこいいヒーローになりたかった』


兄や父は消防士としてかっこよく仕事してる姿に憧れを持っていた。

幼い時に見た火災現場での中継映像で、燃え盛る建物から人を担ぎあげて出てきた煤まみれの父の姿には兄と一緒に興奮したのを覚えたし、ああなりたいと思ってた。


そして、中学生の時に見た兄のアメフトで活躍し歓声に包まれる姿。

その姿も光り輝いていた。

父の背中を追いながら、大学を辞めて消防士になった兄の姿も焼き付いている。


そんな二人と比べて、

自分自身がちっさくて、怖がっている、惨めで、目も当てられなかった。


漠然と憧れの二人の背中が遠く感じてた。

そこまで行くのにも先は遠く暗い道が続いていた。


キリュウはふと自分が食器を片付けていることに気が付いて目から涙がこぼれてきた。


「もう、なんでだよ」


ただそう心から言葉がこぼれて、膝から崩れ落ちて床にしゃがみ込んだ。


もう動く気がしなかった、そのまま目に入った包丁に手を伸ばした。

嫌いな自分が嫌だった。ただそれだけだった―――


ふと目を閉じて、あの時夢に出てきた少女を思い出す。


顔に靄がかかって思い出せないが、

彼女の言葉を思い出していた。


『○○○○。キリュウ君は私の○○です。だから……』


そんな言葉が聞こえて、手に持った包丁をもとにあった場所に戻してゆっくりと立ち上がり涙を拭いた。


『助けて。お願い』


そう、遠くからあの少女の声が聞こえてきてキリュウは周りを見渡した。

でもその少女なんていやしない、夢の中の話だからだ。


「ただ、ヒーローになりたくて。俺はそれだけなのに……みっともね」

 

キリュウはそう呟き、自分の部屋へと戻っていった。

自分の部屋にこもることしかできなかった。


助けを求めても、誰もいない。

でも、この空間だけが忘れさせてくれた。


そして、あの少女のことを思い浮かべていた。

彼女が一体誰なのか、そんなの検討はつかなかった。


でも、どこか伝わってくるのは

助けて欲しいという気持ちだけだった。


「何やってるんだろうな、こんな今の俺で助けられるはずなんてねーよ」


キリュウはそう言って、ベッドの上に倒れ込んだ。


ほんの少しだけ、勇気を持てばいいかのかもしれない。

過去の自分はならそう言うかもしれない、どんなに難しい局面でもパスを通して点数を取るプレーをしていたし……


相手の動きを読んで次のプレーを考えて見事に的中さえたこともあった。

あの時は自信に満ち溢れていた。


あの時の自分自身なら、もしかするとあの少女の声に答えられたのかもしれない。

でも、今は………


目を瞑る、

このまま消えたいと思う気持ちが心の中を埋めていった。


目を瞑ったまま時間は過ぎて

また朝が来る、本当は朝なんて来て欲しくもなかった。


目を開けて、ふと部屋においていた写真が目に入った。

兄のオレンジ色救助隊員姿の写真とその横に防火衣をまとい笑顔で自分ヘルメットを被せる幼い頃のキリュウを持ち上げる父の写真があった。


無理だ....

こんな俺がーーー


キリュウは部屋から飛び出して、そのまま裸足で玄関を飛び出した。


もう、耐えられなかったのだ。

自分が惨め過ぎるのを見せつけられるのが.....


朝焼けの色が街を包む中、キリュウは走り続けた。


何をしたいかなんか、分からない。

どうしたいかもわからない。


ただ、

惨めな自分をこれ以上惨めだと思うのが辛すぎて仕方がなかった。


逃げて逃げて逃げるーーー

でも、心の中は晴れることがなかった。


人の悲鳴と共に大きな爆発音が聞こえて、爆発によって生じた衝撃波がキリュウの身体を通り抜けていった。


ふと足を止めて、燃え上がる窓という窓から火が飛び出ている一軒家が目に入ってきた。


慌てて出てきたであろう60代ぐらいの女性はパジャマ姿で地面に倒れ込んでいた。


彼女は意識はあって、

大声で何かを言っていた。


助けを求める目をしてる。

キリュウはそう感じることだけが感じ取れた。


燃え上がる炎の前にキリュウは立ち尽くしていた。


それは恐怖から出てたものではなかった。

ただ、ベランダから助けを求める小さな男の子が泣いている声が聴こていたからだ。


目の前の炎は怖った

ふと我に帰ると恐怖が襲ってくるそれでも...


「行かなきゃ...」


目の前で助けを求めてる人を見捨てることはできなかったーーー

自分が無力なのは分かってたでもそれでも。


燃え盛る家の中に入ると熱風が身体を突き刺してくるのが身をもって感じられた。

目の前に煙の壁が襲いかかってくる。


『煙は危ないんだ』


キリュウはその父の言葉を咄嗟に思い出して、しゃがみ込んで匍匐前進をするようの進んでいった。


真っ暗な世界をただ這って進んでいった。

階段を探し続けた上に上がらない行けない。


頭の中はそれで一杯だった。


ふと冷静さを取り戻した時は多分遅かったのだとキリュウは感じた。


自分のやってる事をきっとプロの兄や父は褒めないと...


装備も知識なくただ突っ込んでいく。

冷静に考えてみれば、それは勇気ある行動ではなくただの無謀な行動である事を...


キリュウはそう考えると、ふと動きが止まってしまった。


『なんだよ...結局、俺何もできてない...

ただ、ヒーローになりたかっただけなのに』


キリュウの意識はそこで途絶えたーーー

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