第10話 ご挨拶

「す、凄い家ですね……」岡本の駅を降りて、山側に十分ほど歩くとその豪邸は姿を見せた。大きなレンガ調の塀に囲まれた二階建の建築物。家の4人家族で住む3LDKとは全くレベルが違う。


「そ、そうかな……」松下は軽く頭をかいた。そして門扉に手をかけるとゆっくりと開いた。


 ワン!ワン!ワン!ワン!


「タロー!ジロー!久しぶり!!」二匹の中型犬が駆け寄ってくる。松下は両手を広げて受け止めようとする。が、二匹は何故か一目散に俺に飛び付いてくる。「と、東京君!大丈夫……」


「あはは、やめて!くすぐったい!」二匹は俺の顔や耳元をペロペロと舐める。そして、二匹の体重を受け止める事が出来ずに、綺麗な芝生の上に尻餅をついた。なぜか、昔から動物に好かれる習性があるようで、すぐになつかれる。


 ふと、松下の視線が気になりその先をみる。


「な、なにを見てるんですか!!」スカートがめくれて太ももが露になっていた。


「い、いや、つい……」照れ臭そうに向こうを見る。ちなみに、キチンとスカートの下にはスパッツを履いているので、大丈夫です。なにが?


「人懐っこい犬ですね。これじゃ番犬にならないんじゃないですか?」俺は立ち上がり手でスカートについた汚れを弾く。


「いや、この犬達は人見知りが凄くて、よその人にはなかなかなつかないんだが……」なに、それって俺、犬に噛まれていた可能性もあったってことなの?


「武司かい?」家の中から女性の声がする。


「ああ、母さん。ただいま」松下のしたの名前は武司というらしい。興味ないけれど……。


「そちらのお嬢さんが、彼女さんかい?」彼女さん?彼女さん……、あっ、俺のことか!


「あっ、いつもお世話になっています」俺は名一杯おしとやかなふりをしてお辞儀をした。


「まあ、素敵なお嬢さんね。お父さん建ちもお待ちよ」そういうと松下の母親らしき女性は俺達を家の中に招き入れた。


「お邪魔します」俺は玄関で腰を屈めて靴を揃える。前の日に詩織達に厳しく指導された仕草の一つだ。


バサッ!


 突然、書類の落ちるような音がする。その方向に目をやると眼鏡を掛けた三十前の男性が目を見開いて驚いたような顔をして、俺を見ている。


「こんにちわ」一応、家族だろうから微笑みながら挨拶する。


「ど、どうも」男は落とした書類も拾わずに階段をかけ上っていった。


「兄貴だよ……」松下が耳元で囁く。


 家の奥に通されると大きなリビングが広がっていた。豪華なダイニングセット。そこには松下の父親とおぼしき男性がタバコをふかしていた。


「お邪魔いたします」丁寧に挨拶。


「ああ、いらっしゃ……」そこまで言って手にしていたタバコを床に落として、驚いたような顔で俺を見ている。


「お父さん!」母親が叱咤する。


「ああ、すまん!すまん!」父親は慌てて、タバコを拾い上げる。


「どうぞお掛けになって、紅茶で良いかしら……、えーと!お嬢さんのお名前は?」


「あっ、逢坂なぎさです」あっ、しもうた本名言ってもうた!


「なぎささん……、綺麗な名前ね」母親はキッチンに姿を消す。


「し、しかし何だ、武司と本当に……、そのお付き合いしてるのかね?」父親は落ち着かない様子である。


「え、ええ、武司さんとお付き合いさせていただいています」俺って意外と演技の才能があるのかと思い始めた。


「そ、そうですか……、武司!結婚しろ!今すぐ結婚しろ!なぎささんに見限られる前に!!」父親は松下に詰め寄る。


「えっ、いや、まだ結婚したくないから……」松下はモゴモゴいう。


「大丈夫です。お父様、私武司さん大好きですから」おっと!エンジンかかってきた。


「まだまだ、お若いですものね。ところでなぎささんはおいくつ?」母親が紅茶を持ってくる。


「えっ、じゅう……」その設定は考えていなかった。


「十九だよ!関学の学生だ」おっ、臨機応変な対応!さすがに作家志望。


「そうかまだ、未成年なんだな。それじゃあ……まだ……」父親は言葉を濁す。えっと何がまだなんでしょうか?


「こんなお嬢さんがいるならお見合いを嫌がるはずね。早く言ってくれたらいいのに……」母親は不満そうに呟く。


 和気あいあいと会話は続いていく。






 

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