第13話 〈死者の祠〉

 ロティたちは王都北部に位置する〈死者の祠〉に向かっていた。


「ここから先は歩きの方が良さそうですね……」


 エルシーが貸し出しの馬から降りて、そう提案する。

 彼女の黄昏色の瞳に映るのは、沼地の樹海だ。その樹海は死の瘴気を思わせる薄霧に包まれ、沼地は不気味に泡立っている。この樹海内にある遺跡から〈死者の祠〉の洞窟に入れるのだが、視界や足場が悪い分、馬を走らせるのは危険と判断したのだろう。

 ロティとアリアも同意して下馬すると、彼は三頭の馬を《無限の領域》の鞄に仕舞い込んだ。


「その鞄、生き物も入れられるんですね……凄いです……」

「うん、人間だろうが魔物だろうが、ボクの意思で何でも詰め込めるんだ」

「そ、そうなんですか……」


 エルシーは彼から半歩距離を取って、怯えた様子を見せる。

 ロティは小首を傾げながら、三人は樹海に足を踏み入れた。緩い足場を見極めながら足を動かしていると、アリアがげんなりとしながら尋ねてくる。


「本当に〈死者の祠〉なんかで玉鋼を採掘出来るの?」

「それは運次第だけど、他の採掘場所より見つかりやすいはずだよ。ただの冒険者や探鉱者が探しに来れるほど優しい場所じゃないからね」

「ふーん、そうなんだ。そんな危険な場所に連れてくるくらいだから、お礼は期待していいんだよね?」

「……ちゃんと考えておくよ」


 ロティは渋々と頷くと、周囲を見渡した。

 太陽の日差しは生い茂る木々の葉に遮断され、薄霧は徐々に濃くなり、何処かから獣の吠える声が木霊する。〈死者の祠〉に繋がる樹海は、さながら地獄に向かう通り道のような気がした。

 しかし、彼は死に満ち溢れた景色を見ても尚、特に動揺することはない。

 この前に訪れた〈樹海森林〉は泉の如く魔物が溢れ出てきたし、高難易度の遺跡や地下迷宮で発見した遺体の数も少なくはない。常に死と隣り合わせで素材集めをしていたロティにとって、魔物の出現率が低いこの樹海は子供の遊び場みたいなものだ。

 だが、ロティに度々同行していたアリアはともかく、エルシーはそうではないらしい。

 彼女は制服のスカートを両手で握りながら、膝を震わせて前を進んでいた。

 それもそうだろう、最近まで孤児院で育った子なのだ。貴族の御曹司ですら魔物の討伐に携わることはないのに、ましてや初討伐が〈死者の祠〉の魔物など、彼女には過重の役である。ロティやアリアは特例の中の特例だ。彼女の実力に期待して連れて来たが、やはりエルシーの同行を許したのは失敗だったかもしれない。

 ロティは胸内でそう思慮を働かせていると、彼の心配はただの喜憂であったことを知る。


「きゃっ」

「うわっ」


 エルシーの悲鳴と、ロティの驚愕の声が重なった。

 突如、緩い地盤に足を滑らせたらしいエルシーが、ロティを目掛けて倒れてきたのである。ロティは反射的に彼女の肩と腰に手を当て支えると共倒れを防いだ。彼はふぅと息をつくと、


「あ、ありがとうございます……でも、その、ロティさん……当たってます……」

「……え?」


 ロティは間抜けな声を漏らした。

 彼の右手はお尻に触れ、左手は胸を掴んでいる。諸手からふにゅんとした感触が伝わってくると、ロティは瞬時に状況を理解し、咄嗟に手を離した。


「ご、ごめんっ! わざとじゃないんだ!」

「い、いえ……わかっていますから、大丈夫です……」

「うん……ありがとう……」


 エルシーが頬に含羞の色を浮かべると、ロティは堪らず視線を逸らした。

 それを眺めていたアリアは、バシンッと強烈な平手打ちをロティの背中にお見舞いする。


「痛っ!? な、なんでアリアが怒ってるのさ!?」

「ふん、ロティのあんぽんたんっ!」

「……やっぱり理不尽だ」

「ロティが変態なのがいけないの」


 不可抗力だろう、とロティが反駁すると、彼女はぷいっと顔を背ける。

 ロティはアリアを説き伏せることは不可能と判断し、今度はエルシーの心配をした。


「エルシーも無理せずに引き返してもいいんだよ。森の入り口なら魔物も出てこないはずだし、すぐに玉鋼を採掘して戻るから」

「い、いえ、心配には及びません。その、お化けが出そうで怖かっただけなので……」

「……お、お化け? ……魔物と戦うのが怖いんじゃなくて?」

「はい……小さい頃にお化け屋敷に連れて行かれて以来、どうにも薄気味悪い場所が苦手で……」


 ロティは呆然と立ち止まってしまう。

(膝を震わせていたのは、お化けが出そうで怖かったからだと……)

 彼は余計な心配をしてしまったと後悔の念が生じる。

 しかし、その様子なら魔物が出現して足を竦めることはないだろう。ロティは少し安堵すると、エルシーに手を差し伸べた。


「手を繋いで歩こう。また転倒されても困るし」

「っ〜〜、手、ですか……わかりました……」


 エルシーは白く小さな手を彼の手に合わせた。

 ロティの手がひんやりとした感覚に包まれる。


「えへへ、ここまで気を遣ってくれるなんて嬉しいです」

「大したことじゃないよ。泥まみれにするのも悪いし」


 と、ロティは憮然と答える。

 そんな彼は、空いている方の手をアリアにも差し伸べた。


「アリアも、ほら、手を繋ごう」

「……ロティのあんぽんたんっ!」


 彼女はロティの手を叩いて落とすと、彼の細い腕に自分の両腕を巻き絡める。

(……っ〜〜、あ、当たってるんだけど……)

 彼は羞恥を耐え忍びながら、〈死者の祠〉に向かうのだった。

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