第4話 故郷④


薄暗い深い霧の中だった。

少女は自分の足先すら覚束ない濃霧の道を一人歩いていた。

道は泥でぐちゃぐちゃにぬかるみ、一歩一歩と足を出すたびに足の重さが増していくようで、さらに前へと動くたび、まつ毛についた水滴が霧のせいで徐々に大きくなったっていった。

濃霧の中に人型の空間がポッカリと空いており、移動するに従って人型の空間が重さを持った霧の中をスライドしながら移動するように感じられた。

霧が濃すぎて、まるで霧そのものに押しつぶされるような奇妙な感覚を覚えた。

――あれ、なんで私こんなところを歩いているんだっけ?

道の両側には何も見えなかった。


しばらくゆっくりと歩みを進めていくと、唐突に左側に赤い鳥居が現れた。

鳥居の表面はささくれ、赤い塗料が剥げて、地の木肌である茶色がかなりの広範囲で見えてしまっていた。

赤色と茶色の曼荼羅まんだらのような複雑な斑模様に見入っていると、ふとその鳥居の向こう側に何かがある気がして、不思議と鳥居くぐらずにはいられない気分になった。

鳥居をくぐるべきだと思えた。

不思議とますます霧が濃くなっていった。


鳥居の先には長い石の階段があった。

階段の先を見上げると、霧の中に吸い込まれていて、何も見えなかった。

――あれ、この先に何があるんだっけ?

それでも石の階段を登った。

階段の両側には石灯籠に弱々しい蝋燭が灯されており、薄暗い濃霧の中では貴重な明かりとなっていた。

石灯籠の明かりを頼りに、ゆっくりとゆっくりと足を前に出し続けた。

しかし石の階段の終わりはまだ見えない。


それでもゆっくりと確実に登り続けると、階段の途中に踊り場のような場所があり、そこにも赤色の鳥居が仰々しく設られていた。

入口の鳥居とは異なり、表面の塗料は全く剥がれている様子は無く鮮やかな朱色をしており、薄暗い濃霧と蝋燭の明かりの中で異様に目立っていた。

――どこかで見たことあるような……、思い出せない……。

鳥居の上には種類のわからない大型の鳥が1羽とまっていた。


そのままゆっくりと足を進めて鳥居をくぐった瞬間、操り人形の糸が切れたかのように、唐突に全身に力が入らなくなってしまった。

膝からその場に崩れ落ちた。

何が起きたのかわからず、何が起きたのか考えることもできず、ただその場で横に倒れ、受け身すら取れずに左肩を強く打った。

痛みだけは鮮明に感じられた。

漠然と頭を打たなくて良かったと思った。


すると、倒れるのを待っていたかのように耳をつんざく甲高い鳥の声が聞こえ、それと同時に背中に鋭い衝撃が走った。

鋭い何かで、背中の肉が抉られ、裂かれ、千切れるのをまざまざと感じ、痛みが背中から一気に全身へと広がって行った。

再び背中の方で鳥が「ガー」とけたたましく甲高い声で鳴いたのを聞いた。

私はたまらずに叫び声をあげた。



「うわー!」

ハナは叫び声を上げて起きてしまった。

眠りからハナの意識が急上昇した後、一番最初に認識したのは、ナギのオウムらしい「グエー!」と言う変な声だった。

「ああ、びっくりした。ナギ、ガー!みたいな変な凄い声出してたけど、大丈夫?」

「なんだ、ハナか……びっくりしたな……大丈夫だよ。ハナも凄い叫び声だったよ?」

「私はナギの声に驚いたんだよ……」


ハナとナギはどうやらお互いに相手の叫び声で目覚めたようで、二人して冷や汗をかき、息が上がっていた。

しばらく二人とも息を整えた後で、部屋の窓を開けて、気分を入れ替えるためにハナはお風呂に入ることにした。

窓を開けたのは、ナギが外に出られるようにするためである。


浴室に行くと、たっぷりのお湯が既に浴槽に張られていた。

――最近は野宿が多かったし、使えても水シャワーだけだったからな……。こういうのは本当に嬉しいな……。

ハナは久しぶりにたっぷりのお湯が使えるお風呂にのんびりと入れた。

汗と垢を綺麗さっぱり洗い流せて非常に気持ちが良く、ハナは浴室で鼻歌を歌っている自分に気づいた。

そうしてのんびりお風呂に入っていると、昨日言われていた朝食の時間となったため、部屋に戻ることにした。


部屋に戻ると、案の定、ナギが部屋の窓から外に出たようだった。

いつも通り、朝食として虫や木の実や果物を食べに森や町中を探索へと行っているのだろう。

ハナと同じものを食べることも多いが、外で食べ物を探す方がナギの性に合っているらしい。


民宿の朝食はヒカリが部屋まで持ってきてくれた。

「おっはようございまーす!」と元気いっぱいの挨拶をしてくれて、ハナは非常に清々しい気分になった。

持ってきてくれた朝食は、パンにスクランブルエッグ、野菜サラダといった洋風のものだった。

チーズやバターなどの乳製品が多く取り入れられており、このご時勢においては非常に豪華と言えるものだった。


「ヒカリちゃん、ありがとうね。いただきます」と言って、ハナは食べ始めると、ヒカリはハナの前にちょこんと姿勢よく座った。

どうやら朝食の間、ハナの話し相手をしてくれるらしい。

というよりも、ヒカリの笑顔からすると、ヒカリがハナと話したいようだった。


「ハナおねーさんは今日はどこに行くの?」

ヒカリは笑顔で聞いてきた。

「この街って酪農が有名だって色んなところで聞いたから、牧場とかそういう場所に行こうと思ってるんだけど、どこか良いところ知ってる?」

ハナはヒカリに訊くと、ヒカリはヒマワリのような光り輝く満面の笑みになった。

「うちのパパとママが牧場やってるよ!」

――あぁ、なるほど。だから朝食が洋風で乳製品が多めなのね。

とハナは思った。


「そうなんだ。民宿と酪農、両方やってるんだ。すごいね。それはちょっと見に行きたいな」

「うん! 見に来てよ! パパとママに聞いて見るね!」

そうヒカリが元気よく言うと、部屋を出て行ってしまった。

ハナは結局のところ一人で朝食を食べることになった。

この民宿の朝食はどれも美味しく、やはり酪農を営んでいるからかチーズ等の乳製品は絶品だった。

ハナは是非とも保存が効くものを色々と買いつけて、他の町で良い値段で売りたいなと思った。


そんなことをのんびり考えてつつ朝食を堪能していると、ヒカリが走って戻ってきた。

「ハナおねーさん! 朝ごはん食べ終わったらいつでも来ていいってさ! 民宿出て左に結構歩いたところが牧場だからそこに来てね!」

そう言うやいなや、ヒカリは再び走って部屋を出て行った。

――朝っぱらから元気溌剌なヒカリちゃんだなぁ……。私もあんな時代が……。

と思って自分の過去を振り返ったものの「まぁ、特に無かったな」と一人で結論づけた。

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