第4話 故郷①

ハナは林の中のまっすぐな道路を、愛車のスーパーカブで順調に走っていた。

道の両側に聳える木々が次々とハナの後方へと駆け抜け、木々の緑の香りと土の匂いがハナの鼻腔をくすぐった。

「気持ちいいねぇ、ナギ」

『本当だねぇ』


マリンブルーの宝石のついたイヤーカフ型の通信機から、上空を飛んでいるナギの甲高い声が聴こえてきた。

ハナは上空に目をやると、気持ちよさそうに白い翼を広げてナギが風を捉えて滑空していた。

時折くるりと風と遊ぶように回転しつつ、空を楽しそうに飛んでいた。

この辺りは『忘却の霧』はかかっておらず、標高500mよりも十分に高い地域らしい。


――そういえば昔、おじいとこういう道をツーリングしたこともあったなぁ……。

先ほどからハナを取り囲む風景といえば、左右に立ち並ぶ新緑の木々がひたすらに後退していくというもので、あまりに変化がなく、あまりに単調だったため、ハナの記憶も木々と同じ様に思わず過去へと後退していった。

とりとめもない記憶が浮かんできた。


――あれ、なんでおじいはこのバイクくれたんだっけ……?

ハナは都会出身だったが、母方の祖父がハナの家から電車で約1時間弱の田舎に一人で住んでいた。

ハナはその祖父を「おじい」と呼んでは、幼少期から非常に懐いており、年末年始やお盆があるとおじいに会えるのをとても楽しみにしていた。

おじいは白髪が豊かで口髭をたっぷりと生やしたダンディなお爺さんで、実際の年齢よりも若く見られるとしょっちゅう自慢していた。


ある時、毎年のように母親とおじいの家に行って、毎回の恒例行事を楽しんだりしつつ、おじいと母親と家族団欒をしていると、おじいが唐突にハナに対して声色を低くしつつこう言った。

「ときにハナよ……、最近友人関係で悩んでいるのではないか?」


その時、高校生になって数ヶ月経過していたハナは、本当に友人関係で悩んでいた。

ハナが親友と思っていた子が、夏休みに入ったのにハナを遊びに誘わずに、別の子を何度も何度も誘っていた、ということが発覚したのだった。


ハナとしては非常にその親友に裏切られた気分になった。

しかし恐らくその親友に悪気があった訳ではなく、その親友にとってハナはただの友達の一人に過ぎなかった、というだけであって、ハナとしてはその親友を責めるのは筋違いということも同時に理解していた。

そして、だからこそハナは他の友達にも相談できず、母親にも何とも情けなくて言えずに、一人で悩んでいたのであった。


ハナは驚きに目を見開きながら「え、どうしてわかるの!?」と聞いたところ、おじいは「顔にわかりやすく出ていたぞ」と、茶目っ気たっぷりのウィンクをした。

そうして、おじいは続けた。


「そういう悩みを抱えている時は、バイクで走るのが一番だな。バイクに乗って風になっていると、大抵の悩みはちっぽけなモノとして消え去っていくぞ。ハナはもうすぐ運転免許証を取れる年齢だろう。もし取れたら、このバイクをあげよう」


そう言って、裏庭から出てきたのが、よく手入れされた群青色のスーパーカブであった。

これがハナの今の愛車との出会いだった。


ハナは裏庭から出てきたその群青色のバイクを見た途端、それに乗ってどこまでも風になって走る自分を想像したのを思い出す。

色々な景色を見て回って、自分の知らない土地に行って、自分のことを誰も知らない土地に行って、考えたこともないような体験をする自分。

そんな想像がどんどん膨らむにつれて、学校生活という小さな箱庭で繰り広げられる友人関係のしがらみも、授業やテストといった卑近な悩みも、徐々に萎むような気がした。

ハナはそのバイクを見た途端に、是非ともバイクに乗ってツーリングをしたいと思うようになってしまった。

そうして、すぐに母親に頼み込み、バイク免許を無事に取得した上で、スーパーカブをおじいにもらうことになった。


――しかしなぁ、今思うとあれ、コールドリーディングの一種だよなぁ。思春期真っ只中の高校生に上がりたての夏休み、曖昧な「友人関係での悩み」というワードチョイス。そりゃあの時期の高校生の9割くらいが「友人関係の悩み」を抱えているんじゃないの?

とハナは今更ながら考えていた。

コールドリーディングとは会話に現れる些細なヒントや相手の置かれた状況から、相手の心・気持ちを推測するという、通常は占い師が使用する技術である。

しかもおじいは、コールドリーディングに加えて、曖昧で意味深なワードチョイスをしていたため、概ね「当たる」ことになる。


――まぁおじいとしては要するに、昔から旅好きって分かってた私に無理くりバイクを与えて、一緒に旅行をしてくれるツーリング仲間が欲しかったんだろうなぁ……。それにしても、よくあの時の母さん、バイク免許のお金をぽんと出してくれたよなぁ……生活も大変だったろうに。今になって悟る母親の愛情、か……。


ハナの父親は、ハナの記憶の無いうちに蒸発したとのことで、ハナはシングルマザーの家庭で育った。

シングルマザーの例に漏れず、ハナの母親も苦労をしてハナを育ててくれたため、母への感謝は尽きないのだが、ハナとしては、良くある「感動2時間ヒューマンドラマ」のように母親と特別に仲が良かった訳でもないと思っている。


もちろん母親のことを嫌いだった訳でもない。

ただ、母親はハナを育てるためのお金をパート等でどうにかして稼ぐのに忙しく、さらに中学時代のハナの反抗期で母子関係に微妙な距離感が生まれてしまうと、そのまま微妙な亀裂が入ったまま、お互いがお互いに気を遣い合うようになり、それをズルズルと引きずり、修正するきっかけが無く、ハナは高校生になってしまった。


そういう事情があり、ハナにとっては自分の家での生活、つまり母親との二人きりの共同生活は、何となく気を遣って自分が仮面を被って生活をする場所といった趣で、あまり心安らぐような所ではなかった。


むしろこれまで年に数回会うだけという、おじいとの関係性の方が、距離が近すぎず遠すぎずで何故か安心出来たし、おじいもハナを一定の距離を保ちつつも、いつも歓迎してくれていた。

そうしてハナの高校進学を機に、ハナは高校がおじいの田舎の方面にあることもあって、高校からの帰りに、ついでにおじいの家に寄って帰るようになり、ハナはおじいの家にしょっちゅう入り浸るようになった。


――いついっても美味しいお菓子くれたしなぁ、かき揚げ餅とか自家製おはぎとか最高だったなぁ……。

ハナにとっては、田舎のおじいの家が最も自分にとって居心地が良く、高校からの帰り道に頻繁に出入りするようになったことで、自分の第二の故郷のような場所となっていた。

そうして、ハナは悩みが出来る度に、おじいの家に寄り、おじいに悩みを相談して、休みの日にはおじいと二人で様々な場所へとツーリングをするようになった。


ハナはそんな昔のことをぼーっととりとめもなく思い出しつつ走っていた。

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