第3話 先祖①

とある村。

ハナはナギを右肩に乗せつつ、道端の屋台で焼き芋買うために若い男女の後ろにわざわざ並んでいた。

というのも先日見た観光ガイドブックで、その村はサツマイモが昔からの名産品であると書かれており、是非ともどこかで機会があれば食べてみたいとハナは前々から思っていたのであった。

その屋台は常に数人が並んでおり、これは人口が減ってしまった『忘却の霧』の世界では非常に珍しいことで、屋台の盛況っぷりが窺えた。

並んでいる時からすでに甘い芳醇な香りが周辺に充満していた。

既に並び始めてから10分近くが経過したが、ようやく前の男女の番になり、遂にハナの番になった。

ハナは「焼き芋1本下さい!」と期待を込めて弾むように言った。


ハナは茶色い昔ながらの紙袋を受け取ると「あつあつ……」と言いつつ、その場から離れて、近くの道端でその紙袋から焼き立てほかほかのさつまいもを取り出した。

その辺には焼き芋を持った人が大勢いた。

2つに割ると、黄金色のしっとりした身と共に、豊かな甘い香りのする蒸気がふんわりと立ち上った。


一口食べると、ねっとりとした食感とほのかな甘味が絶妙だった。

「はふー……、美味しいー……」と言いつつ、ナギにも差し出す。

ナギもさつまいもを啄むと「うまー……」と満足気な鳴き声を出した。


これ、買い付けられるかなぁ、でも季節が微妙に違うんだよなぁ、保存どうしてるのかなぁ等と思いを馳せつつ、ハナとナギは残りも食べ進めていった。

1本を二人で分け合いつつ食べると、ちょうど小腹が満たされる分量だった。


ハナとナギが焼き芋を食べ終わった後、しばらくその場でさつまいもの甘く幸福な余韻に浸っていると、30代くらいの男が二人に向かって唐突に近づいてきた。

目線がハナに固定されており、明らかにハナに用事があるようだった。

ハナはナイフをいつでも投げられるように身構えたが、男は特におかしな行動をするでもなく、こんなことを言ってきた。


「お嬢ちゃん、ダイバーだろ。珍しいモノがあるんだが、買い付けしないかい?」

「……、話は聞きましょう」

どこかで潜霧士ダイバーであるハナの噂を聞いたのだろう、ハナは警戒を解くことなく言った。


ハナが潜霧士ダイバーだと分かると、突然に近づいてくるこういう輩は正直に言ってかなり多い。

『忘却の霧』が世界を覆った現在、山間部で人間が生活を営める場所は非常に限定的で、さながら雲海に浮かぶ孤島のように点在しており、その間の細々とした交易を担っているのは、バカか命知らずか潜霧士ダイバーのみであった。

そうなると、自分の村の外の世界にモノを売るには潜霧士ダイバーに頼るしかないのが『霧』が充満した世界の常識となりつつあった。


そして通常であれば、その村や周辺地域を生活拠点としている潜霧士ダイバーがその地域の交易も担っているケースが多いため、わざわざ旅人で暫くしたら村を去ってしまうハナに対してこういった「儲け話」を持ち込むというのは、何か後ろ暗い事情があってのことであると容易に想像される。

今回のケースも恐らくそれであろう。


男は次の言葉をグッと効果的にするために、たっぷりと間をとって、こう切り出した。

「……『霧』の効果を受けなくする薬がここに50個だけあるんだが……」

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