第2話 修行②

ナギの先導に従って、『霧』のでている平野部を群青色のスーパーカブで軽快に飛ばしていく。

今日の『霧』は薄く、比較的遠くまで見渡せ、上空で道案内と周辺の警戒をしてくれているナギも遠くまで良く見えていると思われた。

道の両側にはかつて田畑だったと思われる土地が広がっており、『霧』の発生以後、一切手入れされていない様子で、ハナの背丈くらいの雑草が鬱蒼と生い茂っていた。

道の両側からススキのような背の高い草が道路の方へと進出しており、一車線の3分の1くらいは雑草に埋もれてしまっていた。

そして時折強い風が吹くと、ばさりばさりと風が草を押し倒し、まるで風の通り道が雑草畑の中に見えるようだった。


そんな道を1時間ほど走っていると、目的地への行き方を示す看板が出てくるようになった。

後はこれを辿っていけば迷わないだろうとハナは考え、マリンブルーの宝石のついたイヤーカフ型通信機に向かって話しかけた。


「ナギ、そろそろ道案内の看板が出てきたからもう迷わないし、こんな辺鄙なところにわざわざ普通のダイバーは来ないだろうから、もう降りてきて大丈夫だよ。飛び続けて疲れたでしょ」

『そうだね、流石に疲れたから戻るねー』

と聞こえると、ばさりと羽音が一度響き、ハナの右肩に飛び乗った。

「それにしてもハナ、これから行くところってどんなところなの?」

「道は覚えるのに、そっちは覚えてないんだね……」

ハナは呆れたように言った。

「だって、しょうがないじゃない。興味が無いんだから……。ハナだって興味が無いことは覚えないじゃん、道順とか」

「……いや、興味が無いというか……そういうことでは……」

ナギの最もな言い分に、ハナはその後に言葉を続けることができなかった。

「……ま、まぁともかく。向かっているのは1000年近く前に建てられたお寺だよ。お坊さんの修行の場で、当時の仏教的な世界観が色濃く反映されたところだってことでその宗教的価値観と一緒に世界遺産登録されたらしいよ」

「……ふーん」

「本当に興味がなさそうだね、ナギ。……っと、見えてきたな」


ハナはスーパーカブを運転しながら、進行方向右手に見える道の先を指さした。

そこには麓から続く長い石造りの階段と、その上ったところにある立派な楼門が『霧』の中で僅かに見え、さらにその奥には『霧』と山林で見えなくなっているが、様々な建造物があることが予想された。

「おおー立派なところだねぇ」

ナギは感心したように言った。

「それ、本当に思ってる?」とハナは笑って言った。


ハナはスーパーカブを石の階段の下に停車させると、階段を登り始めた。

急角度ではあったが、石段がかなり綺麗に残っていたため、そこまで苦労することなく一番上までたどり着くことができた。

石段の一番上には木造の立派な楼門があり、その左右の柱の内部には、怖い顔をした巨大な阿吽像が来訪者を睨みつけるように立っていた。

解説の立看板によれば一旦焼失した後に再度建立した金剛力士像とのことだった。


そして、その楼門を潜ると、正面に本堂らしきものが見え、その左右にはそれぞれ小さめのお堂が配置されていた。また左右のお堂の奥の林中にさらに建物が見え、かなり広い寺院であることがわかった。

本堂の装飾も質素ではあるが、屋根は高く非常に立派なもので、さすがは世界遺産という重厚感があった。

さらに本堂の周辺には古木とも言える杉の木や銀杏、松がお堂と重ならないように風雅に配置されており、石畳は荒れておらず、砂利も非常に綺麗に整っていた。

ハナはちょっとした正体不明の違和感を覚えつつも、あまりこの寺院は『霧』の影響を受けていないのだなぁと感じた。


ハナは未だに地下水が湧き出ている手水舎で手と口を清めた上で、『霧』以前の様子をとどめている立派な木造の本堂に近づき、きちんと五円玉をお賽銭として投げ入れ、両手を合わせて合掌をした。

ハナは気持ちを込めて長い祈りと深いお辞儀を行った。

「全く、誰も見てないのに、ハナは几帳面だねぇ」

ナギはハナのお祈りが終わってから、右肩からハナに話しかけた。

真面目すぎるハナに対する多少の揶揄が入った声だった。


「いいじゃない。こういうのは、誰かが見てるかもしれない、っていう気持ちの問題だから。形から入るのも大事だし、それにほら、お天道様が見てるしさ」

ハナは上を指差しつつ言った。

『霧』で全く太陽は見えなかった。

「ふーん、そう。ちなみに、ハナは何を願ったの?」

「旅の安全。ナギは?」

「んー……、人間になれますように、かな!」

「はは……、それは……」

ハナはナギなりのギャグなのか咄嗟に判断できず、もし本当に人間になりたいと思っていた場合を考えると、気軽に「それはギャグ?」と聞くこともできなかった。

そうしてハナは変な乾いた笑いをこぼすしかなかった。

「おいおい、ツッコんでくれよー、ハナー」

とナギはハナの考えを知ってか知らずか、お気楽ないつもの調子で言った。


そんなことを話した後で、ハナはじっくりと本堂の内部を見ることにした。

本堂の内部は木目の焦茶色を基調とした渋いもので、その中でも欄間の細かい伝統的な模様の装飾が目を引くものだった。

中央奥にはいくつもの金色の装飾が天井から吊り下げられており、その奥にお釈迦様の像があることが想像されたが、残念ながら、ハナのいる賽銭箱の前からは見ることができなかった。

当然誰もいなかったため、ハナはそのまま本堂の内部に入ることもできたが、賽銭箱の両側には柵がそのまま残されていたので、ハナはそれを尊重して、その場から見るだけに留めておくことにした。


「入らないのも、誰かが見てるから?」とナギに軽く茶々を入れられたが、「うっさいな」とだけ呟いておいた。

そうやって十分満足するまで内部を見た後で、もう少し周辺の散策をしてみようと後ろを振り返ると、そこには濃紺と辛子色の袈裟を着たお坊さんが箒を持って立っていた。

ハナとナギの方を見て驚いたように目を見開いていた。

「お、本当に誰かが見てたね」

ナギは楽しそうにそう言った。

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