その歯車とアルスマグナ

荒樫 新

プロローグ

唐突に起きたことだった。


それを「終わり」という人もいたし、「始まり」だという人も今ではいる。ただそこには混乱があって、絶望があって、あまりにも現実離れした現実があった。ついに天罰が下ったんだと、それはもう思った。

飛び散った血は、まだ乾いてすらいない。紛れもない、あれは俺から流れた血だ。「極限状態のとき人は痛みを感じない」なんて安いパニック小説で読んだ覚えがあるけど、あれは嘘っぱちだと知った。痛いし、怖い。変なことばかり思い出す、これが走馬燈か……ってなるのは、どうやら嘘じゃなかった。


死ぬんだ、と思った。


にしても、そう天罰にしても、ちょっと工夫を凝らしすぎじゃないか?と思った。

交通事故とか、火事とか、大地震とかでもいいと思う。自分のどうにもならないことで死んで、抱えてたものが全部なくなるんなら、それはそれでありかな、なんて思ったりもしたこともあった。なるべく痛くなかったらいいな……とか考えたりもした。死ぬ勇気なんてないから、なんとなく生きてきた。でもここにあったのは、すごくリアルな死の実感と、それとは裏腹の、あまりにも現実離れした現実だった。

霞んだ目には、蒼白い光に包まれている人が映っている。それが夢幻なのか、事実自分に起きていることなのかも分からない。他人事のように思えた。


ただ、分かることがいくつか、ある。


俺を殺そうとした「怪物」はもういないことと、かわりに俺の最も身近な存在だった「人」が、「いつもとなにも変わらない姿」で、俺を背にして立っている、ということ。

「…………死に損ない」

彼女がゆっくりと振り向き、その切れ長の眼で俺を見下ろして言った。

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