ざまぁ確定の『胸糞』第三王子、死亡フラグ回避のため『正義』の紳士を目指します

ファンタスティック小説家

カルマ値『胸糞』の王子


 アーチボルト王家には問題児がいる。


「王子! おやめください!」

「誰か王子を止めろ! メイドが死ぬぞ!」


「ハハハハハ! 笑えよ、平民ッ! 楽しいだろうウ!」


 パーティ会場でアーチボルト家第三王子アンセム・アーチボルトの気を引いてしまったことは、そのメイド──ミナにとって人生最大の失敗だ。


 アンセムは拳を大きく振りあげて、馬乗りするミナを殴らんとする。


「ごめんなじゃ、い……おゆるしくだざい…ッ!」


 誰も止めないものだから、アンセムは容赦なく一撃その顔をぶん殴った。

 もう一発殴ろうとしたアンセムをついに、第二王子が止めに入る。


「アンセム! いい加減にしろ…貴族たちの面前だぞ…ッ」


 耳打ちする声にアンセムは目を剥いた。


「貴族? 僕はそうは思いません」

「は、何を言って……」

「ここにいるのはアーチボルト王家のために命を削って働く労働者と、僕にまたがり喜んで腰を振るよう調教されたメスだけだよ、兄さん! 彼らは王家にように神に選ばれし者じゃない!」

「お前、まじでやめとけ──!」


 平民ならいざしらず、パーティに出席しているのは貴族の子息や、令嬢がほとんどだ。

 

 この晩の発言はアンセム・アーチボルトの『胸糞』評判に拍車をかける事となった。


 ──しばらく後

 

 パーティが終わるなり、アンセムは王ボワマンに書斎に来るように呼び出されたが、それも無視して彼は自室へと逃げこんだ。


 思い出してしまったからだ。

 自分の過去を。


「やばい、やばい、やばい、やばい……」


 ぶつくさ言いながら、アンセムは扉に鍵をかけ部屋の中を行ったり来たり──しまいには腕を組んで難しい顔をし始めた。


 アンセムは何の前触れもなく思い出してしまったのだ。

 己が転生者であることを。

 これまでの記憶と生前の知識を照合するに、ここが傑作VRアクションRPG『ハンターズクエスト』の世界に酷似していることを。


「いや、そこまでは良いとしても…いや、よくないけど」


 『ハンターズクエスト』は非常に難易度が高いことで知られる、いわゆる死にゲーだ。


 この事実は不安要素でしかない。

 しかし、そうじゃない。

 

 アンセムが気にしているのは転生憑依した肉体にある。


「なんでよりにもよって、アンセム・アーチボルト! ふざんけんなよ、なんで俺が『胸糞』なんかに!」


 こいつは死ぬ。

 確実に死ぬ。

 なぜなら、胸糞だから。


「いやだ、死にたくねぇ…」


 俺にできることは何か?


 アンセムは現状の最善を考える。


 将来、胸糞こと第三王子、つまり俺は悪行を重ねすぎて闇の呪術師に目をつけられ、ボスキャラ『胸糞の獣、アンセム』として主人公の前にたちはだかる。


 そして、もれなく殺される。

 では、それを回避するためには?

 

 アンセムは14年間生きてきた『ハンターズクエスト』世界の第三王子としての記憶と、このゲームを徹底攻略した記憶を照らし合わせ、答えを導き出す。


 閃きは向こうからやって来た。


「カルマ値……そうか」


 カルマ値、それはキャラに与えられた属性。

 善性にが高いほど『正義』のカルマ(運命)に近づき、悪性が高いほど『悪』のカルマに近づく。カルマはそのキャラクターの結末を描き出す。


「アンセムが死ぬのは呪術師に目をつけれられるからだ。ならばカルマを『正義』に傾かせれば、呪術師には獣性を見出されず、最悪の結末から逃れられるはずだ!」


 第三王子が獣に変えられるまでには、まだ1年ほどの猶予がある。


 醜い欲望、個人の感情をたれながして他人を傷つけまくっていた子供から、市民にも貴族にも好かれるような大人を目指すだけの簡単な仕事よ。ははは。

 

 大丈夫、このゲームをやりこんだ俺ならできる。


「じゃあ、まずは」

 

 さっそく、アンセムは善行を積むため行動を開始した。


 最初に謝らなくてはいけない相手がいる。


 ──────────


 ──王城・大調理場


 はあ、最悪だ。

 気を付けていたのに、ミスをしてしまった。

 

 冷たい水で食器を洗いながらため息をつく。


 よりにもよってあの『胸糞』アンセムに紅茶をこぼしてしまうなんて。

 私はきっともう王城にいられない。

 この先、あの思春期まっただなかの邪悪な少年のいやらしい竿によって、肉欲の受け皿として、私は人じゃない扱いをされるんだろう。


「パパ、ママ…」


 私はヒリヒリ痛む湿布の張られた頬をさする。

 まわりのメイドの女の子たちがちらちらと見てくる。

 みんな心配こそしてくれるが、誰も私には関わりたがらないんだろうな。


 だって『胸糞』だもんなぁ。


「すまん、どいてくれ! ミナはどこだ!」

 

 聞き覚えのある大声が大調理場に響いた。

 とても歓迎できない、嫌悪感しか感じない男の声だ。

 

 「どうして私の名前を」とか「ひえ、覚えられてる!」とか、この先に待ち受ける暴力と恫喝に身構える。


 やがて、声の主がずかずかと大調理場に入るなり、ほかの使用人たちを「ちょっと、通してくれ、ごめんね、通して!」とかき分けてやってくる。


 私は涙目になってしまった。

 なぜなら、絶対殴るために来たとわかるからだ。

 もうこれ以上顔を叩かれたくない。

 痛いのはもちろん、私はまだ15歳で彼氏も作ったことがない。

 つまり、もらい手がいなくなってしまう! 


 私は近づいてくる第三王子アンセムを前に、崩れ落ちるように頭をさげた。


「やだやだやだやだやだ! ごめんなさいごめんさい! お願いです許してください……! 私、まだ恋愛もしたことない──」

「本当にすまないッ! 『胸糞』な俺を許してくれぇえ!」

「「「「「「…………え?」」」」」」


 ──大調理場でパーティの食器を片付けていた使用人すべてが困惑の声をあげた


 私は何が起こってるのかわからなかった。

 なぜ私の目の前で、あの『胸糞』が土下座して、頭を床にこすりつけているのか。


 これは何かの罠?

 私は試されている?


 謝罪という言葉から、紳士の国アーチボルトで一番縁遠いい少年が、土下座。

 さっき貴族たちの前で思いきり殴ってきたのに……。


「あ、あの、えっと…」

「女子の顔を殴るなんて、俺は本当に馬鹿なことした!」

「それは、そうだと…思います、けど……」

「俺を殴ってくれぇえええ!」

「ぇぇ……?」

 

 困惑していると、今度は「許して。くれないのか…」と怪しいトーンでつぶやいた。


 やっぱり、そうだ!

 私を試していたんだ!


「す、すみません……!」

「これで許してくれるかああああ!?」


 『胸糞』は包丁を手に取り、それで胸を突き刺した。

 

「「「「「ええええええええ!?」」」」」


 大混乱の大調理場。

 明らかに致死量の血が胸の右胸から噴きだす。


 その使用人たちがあわてて止めに入り、彼は包丁を放り捨てた。

 血しぶきが私の顔にかかる。


「い、痛みが……」


 私の湿布のしたで、太陽のような温かさが生まれると、すぐにズキズキとした骨折した頬の痛みが引いていくのがわかった。


「『神の血』だ」


 胸糞、いや、狂った王子は、見たこともないような優しい笑顔を浮かべて、胸の傷を抑えていた。


「た、ただの伝説なのでは……!」

「目の前だけが現実さ」


 アーチボルト王家は神に血をわけ与えられた一族であり、その血には癒しのチカラがあると言う。

 

 目の前でもう血が止まっている王子を見て、私は絶句する。

 

「顔を殴ってすまなかった。許されることではないともうわかった。これはせめてもの償いだ」


 王子は「汚い血かけてすまなかったな」とテンション低く言うと、とぼとぼと覇気のない背中で厨房を去ろうとする。

 

 本当に後悔してるんだ。

 私は王子の気持ちを血を通して理解させられた。


 彼は変わろうとしている。

 パーティからわずか1時間のあいだに心境の変化があったと考えるのは、すこしおかしいな話だが、目の前の事こそ現実だ。


「あ、あの王子、私はもう大丈夫ですので、そんな気を落とさず──」


 私が彼を許そうとそう言いかけたとき。


「ッ」


 王子は機敏に振りかえる。

 彼が見ているのは私──ではない。

 その後ろだ。


「まさか……っ、伏せろ」

「え?」


 王子は叫び、私の手をひっぱって胸に抱きしめてきた。

 すぐのち、背後ですごい物音がした。

 見れば、そこには目を疑いたくなるような異形の『獣』がいた。


「さっそく、邪悪なモンスターとバトルか」


 王子は腰をかるく落とし身構えると、床に落ちた銀食器のナイフを手にとった。


「廃人プレイヤーを舐めるなよ」


 私は彼が何を口走ったのかまるで意味がわからなかった。

 


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