第2話 オレの朝読

 朝読の時間、オレは自分が持ってきたラノベ本を開いて読んでいるフリをする。ここ数ヶ月間、挟んだしおりの位置が1ページも進んでいないのは誰にも言えないオレの極秘事項だ。


 ◇ ◇ ◇


 オレが他人の心の中を読めることに気が付いたのはいつの頃なのか覚えていない。いつの間にか喉ぼとけが出て来て、カラオケで選曲するキーが低くなり、髭が生えるようになって……気が付いたら他人の心の声が聞こえるようになっていた。


 最初はビックリしたさ。これが有名なドッキリか? とも思った。だってよ、いきなり周りの人間全員が大声で喋り始めるのを想像してくれよ。うるさいを通り越して迷惑なレベルだよな。


 まあオレも、パソコンで動画を見ながら、スマホでSNSの返事を打ちつつ、テレビを見て、学校の宿題をこなしているわけだし。だから、同時に複数人の会話が飛び込んで来る程度ならまあ、そんなに苦労はしてないんだ。


 しかし、学校は数人が会話する程度とはわけが違ってた。クラスメート40人が一斉にオレに向かって話かけて来る、そんな感じだった。まあそれでも沢山の意味のない会話から必要な単語を抜き出せればいい訳だから、そんなに苦痛では無かった。


 知ってるかい? 人間て不思議な生き物で、無意識的に意味の無い単語と意味のある単語を選別しているんだってさ。ワイワイ、ガヤガヤ、とうるさい場所でも自分の名前が呼ばれると直ぐに気が付くだろ? あの現象ってうるさい場所の代名詞であるカクテルパーティの名前を取って『カクテルパーティ効果』って呼ばれてるんだぜ。


 まあ、そんなこんなで、オレは今まで学校に来たら他人の心の声を無視し続けて来た。で……そんなある日、誰もオレに向かって叫んでいない時間があるのを偶然発見しちまったんだ――


 その日の朝読はすこし憂鬱だった。だって大好きなラノベ本を家に忘れてきちまったからだ。仕方ないので朝一に学校の図書館にいって適当な本を見繕った。

 それで、朝読の時間に小説を読んでいるふりでもするか? と思っていたら――教室がシーンと静まっていることに気が付いた。オレは先生に気付かれないようにそっと周りを見渡した。


 するとクラスメート達は本を読むのに集中しているようだ。それと同時に小説を読んでいる友達の心の声がそっと聞こえて来た。友達は小説の中では幼馴染の彼女と上手くやっているようだった。


 それ以来、オレは朝読の時間にクラスメート達の心の声を静かに聞く楽しみを覚えた。と……そこへ、親父の都合で突然の転校イベントが起こっちまったという寸法さ。まあ、一通りクラスメートの心の中を読んで、ちょっとマンネリ気味だったし、転校はオレのいい箸休めになる予定だった。


 ◇ ◇ ◇


 今日も今日とて、朝読中のクラスメートの心の中の覗いていたんだ。お、一番前にいる彼女、きょうも絶好調だな。最強の女性剣士様のお通りか――


 そして、その勢いで斜め前の女の子の心を見ようとした。


 しかし……読めない! なぜだ? 今まで俺が読めない心は無かったはずなのに。これはもしかしたら……上位の能力者が下位の能力者を封印する『能力封じ』とかいう……ライトノベルに出て来るお決まりのアレか?


 そうか、あの子はオレの心の声を読む能力を封じるぐらい強力なテレパスなんだ。もしもオレの能力が100なら、きっと彼女の能力は200ぐらいあるんだろうな。

 それはやばい。という事は彼女から見たら、オレが他のクラスメートの心の声を読んでいるのが筒抜けという事か? オレは無意識のうちに両手の拳を力強く握りしめていた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る