第22話 親友がもしかしたら神様になるかもしれない(改稿済)

 光右曰く重要という玉入れは、僕らのクラスは二年生で三位という結果に終わった。なるほど、結果が出た後の上位二チームと下位二チームの雰囲気の差がえげつない。つまるところ、三位に終わった僕らの三組の座るビニールシート周りは、早くもお葬式ムードに切り替わっていた。


「ああ、俺たちのハアゲン……」「甘く濃厚な舌触りのハアゲン……」「人類が覚えてしまった禁断の果実……ハアゲン……」「はあ……ハアゲン……」


 ……ん? これは本当にお葬式なのか? 僕も言っていてわからなくなってきたぞ?

「はいはい、まだ始まったばっかりだぜ? こっからこっから、次の綱引きから盛り返していけば、なんとかなるって、なあ?」


 表面的には落ち込んで見える雰囲気を、僕の隣にいた光右が立ち上がってそう呼び掛けた。

 すると、人望がある光右らしく、その一言で沈みかけていた空気は再び活気を取り戻し始める。……うん、ならまだお葬式ではなかったね。


「そうだな、神立がそう言うなら……」「俺らのハアゲン」「ハアゲン! ハアゲン!」

 ……単純にもほどがないか。


「よっし、じゃあ綱引き気張っていこーぜ!」

 しかし、まあ光右の一言で場が変わったのも事実。そこはさすがだろうか。


 ちなみに、その光右が参加した綱引きは、彼の鼓舞もあってか、一位を獲得。総合のポイントで一位のクラスとの差を詰める結果になり、さらにクラスの士気が上がったことは言うまでもない。


 その後、僕が出場したドッジボールが行われた。……ただ、僕自身としてはそれほど大した成果は上げることなく、個人としてもチームとしても、微妙な結果に終わってしまった。……そこまで上手いこと行くほど、世の中は甘くないってやつかな。


「まあ、まだ体育祭は続くし? 何が起きるかわからないし?」

 なんて、光右はフォローしているけど、何も起きないほうがクラスとしてはいいんじゃないだろうか……?


 グラウンドでは、午前中最後の競技、借り物競走が行われている。この高校の借り物競走、結構内容が独特みたいで、さっきからお題は「昨日の晩ご飯がカツだった人」とか「今期のアニメのタイトルを五作以上言える人」など、かなり癖が強い。恐らくは僕みたいに早く体育祭への競技参加が終わってしまった生徒でも関われるように、ということで、こういうお題が連発されているのだろう。……っていうかこれ、もはや借り人競走というほうが正しいのでは?


 実際のところ、ゴールした後に放送委員と一緒に行われる答え合わせもなかなか盛り上がっていて、見ていて普通に面白い。たまに該当者がいないようなお題が出てしまうこともあって、そういう理不尽要素も含まれているのもスリルがあっていいのかもしれない。「ノーベル賞を受賞した日本人を五名言える人」とか、クイズが専門じゃないと答えられなさそうだし。


 そういえば、日立さんもこの借り物競走に出るって言っていたっけ……。

 僕は自然と視線で日立さんのことを追い始める。すぐに待機列のところで楽しそうに友達を話している日立さんのことを視界に入れた。

 わりかしすぐに順番が来そうだな……。


「借り物競走って、点数の配分はどうなの?」

 日立さんのことを捉えたまま、隣に座って冷感スプレーをかけている光右に僕は尋ねる。


「唯一の個人競技だしなー。ひとつひとつは微々たる点数だよ。ただまあ、一位を十回、四位を十回取り続けると、三十ポイント差がついちゃうから、侮れないけど」

「それを聞くとなんかハラハラするね」


「って言ったって、一クラスから十人しかエントリーしないし、どんなに差が開いても三十ポイントって考えると、余興感はめちゃくちゃするよな。三十ポイントって、最後のリレーの一位と四位の差だし。まあ、その分バラエティ要素があって面白いからいいけど」

 光右はそう言うと、ふとグラウンドへ指をさして、

「ほら、あれはきっと無理難題なカードを引いたパターンだ」


 観覧席のビニールシート周りを右往左往している一年の男子生徒に焦点を当てた。

 確かに、他の三名はあっさりとゴールしたのに対して、眼鏡をかけたあの男子はなかなかゴールに向かうことができていない。


「……って、ねえ。彼、一年生のエリアから二年生のエリアにも突入してない?」

「……ありゃマジで面倒なお題を吹っ掛けられたパターンだな」

 なんて同情の声をあげていると、件の男子生徒はとうとう僕らのクラスの近くまでやって来て、


「すみませんっ、名前に『神』がつく人いませんかっ」

 そう叫ぶ。それを聞いた僕と光右は顔を向かい合わせては目を丸くさせる。

「はいはーい、俺ついてまーす」

 ……「神」がつく名字の人、そうそう聞かないもんね。そりゃ苦労するわけだよ。名前だともっとだろうし。


 すぐに神立光右は彼の呼びかけに答え、手にしていた冷感スプレーをバックトスで僕に放り投げる。

「わりっ、邪魔だから置いてくわ、あれだったら廻も使っていいぜっ」


 僕があわあわとスプレー缶をお手玉しているうちに、光右は、助かったとばかりにホッとしている後輩男子の後をついていっていった。

 ゴールできないと一ポイントも入らないからね。四位だとポイントが入るけど。その差は地味に大きいんだろう。


 やがて光右たちはゴールテープを割った。すぐに放送委員が駆け寄っては、マイクを使ったインタビューに入る。

「お疲れ様でしたー、いやー、結構時間かかりましたねー。では、苦労したお題は……『名前に神様の神がつく人』、ということで、お名前を聞いてもいいでしょうか!」

「二年三組の神立光右です、神にスタンドアップの立つって書いて神立って書きます」


「はい、オッケーです。これで一年一組も一ポイント獲得です。この一点でハアゲンを獲得したら、文字通り神立さんは神様になりますね」

「そのときは教室のよく見える場所に先輩の写真を飾らせていただきます……ほんとありがとうございます」


「ということで、もう祀る気満々といったところですが。放送委員の調べによると、このお題に適合する校内の人物は、今の神立さんか、非常勤講師の大神先生だけなので、二択しかなかったんですね、これは非常に辛いお題でしたー。それでも無事にゴールした一組の生徒に、拍手をお願いしまーす」


 ……持っている男っていうのは、つくづく持っているんだなあって、パチパチと手を叩きながら思った。さっきまで手にしていたスプレーは、使うことなく膝元に置いていたけど、ちょっとばかし、僕の熱は下がっているように感じた。


 ちらっと視線をスタートラインに移すと、やる気満々といった様子の日立さんが準備していた。どうやら次のレースが出番みたいだ。

 すぐにスターターの音は鳴り響き、一斉に四名のランナーがお題のカード目掛けて走り出す。


 まあ、四枚中三枚は比較的まともなカードみたいだし、日立さんが変なのを引かなければ……、などと考えごとをしていると、

「──たっくん! お題、当たったから来てくれないっ?」


 またまた一年生が二年生のエリアに突入するという事態が、今度は僕に対して起こっていて、

「え、えっ?」


 息を切らせて走ってきた日立さんが、小さく書かれていてよく見えないお題のカードをこちらに向けて僕のことを呼んでいた。

 わけもわからないまま、僕は立ち上がって、日立さんの待つグラウンドへ駆け出した。

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