第18話 親友に隠しごとをするのがちょっとしんどい(改稿済)

 三十分くらいベンチでゆっくりしてから、僕らはショッピングモールを出て家路に就こうとした。体育祭の練習もあったので、そろそろいい時間になっているし。


 ただ、いい時間になっている、ということはより多くの生徒──というか、部活帰りの生徒──も帰宅し始めるわけで。つまるところ、そういう生徒と鉢合わせになることもあり得るわけだ。


 学校付近に遊ぶスポットがほとんどないこの街において、その確率は目をつぶって渋谷のスクランブル交差点を人とぶつからずに渡り切れるくらいだろう。

 つまり、それが何を意味するかと言うと、


「──たっくん、ちょっとそこで止まってっ」

「……え、え? どうかした?」

 僕が何の気なしにそう尋ねると、前を歩く日立さんは「しー」と口に指を当て答えた。彼女が向く視線の先を僕も見ると、同じ制服姿にエナメルバッグをかけた男子生徒の集団が。そして、そのバッグにはぼんやりと「SOCCERCLUB」の文字が見える。


 ……なるほど。おおよそ理解できた。サッカー部の面々が近くにいる。ということは、光右もその一団のなかにいるかもしれない。

 ……僕らが一緒にいるところは、見つかってはいけない。


「私は反対側の出口から自転車置き場に向かうから、たっくんはそこの出口から出ちゃって? 後でまた合流ねっ」

 このまま側にいるのはリスクしかないので、それだけ言うと日立さんはタタっと音を立ててサッカー部とは反対側の方向へ駆け出していった。

「う、うん……」


 日立さんが駆けたと同時に、

「あれ、廻じゃん。珍しいな、ひとりでここいるなんて」

 彼女の危惧は当たったみたいで、ひとりでショッピングモールにいた僕を見つけた光右が輪を離れて近づいてきた。


「えっ、ああ……ちょっと本屋ブラっと寄りたいなって思って……」

「ふーん。そっか」

「光右は?」

「ん? 俺らは部活終わってこれからラーメン食べに行くんだ。この時間は学割入るからお得なんだよなー」


 そ、そうなんだ……。まあ、ただでさえ人口が少ない街だから、高校生の胃袋と心を掴むためには手段も尽くすか……。いいこと聞いたと言えば聞いた。

「どした? ちょっと物欲しそうな顔して。あれだったら廻も来るか?」

 すると、ちょっと固まったからか、光右はそんなことを僕に言いだす。


「いやっ、さすがにそれは」

「……ま、無理にとは言わねーよ。無理してまでラーメンは食うものじゃねえしな。バターコーンに頭が上がらないし。また別の機会にふたりで行こうぜ」

「う、うん。ありがと」


 ふう、とりあえず何事もなく切り抜けられそうだ。心のうちにため息をついて、僕は出口に向かおうとする。けど、

「……なあ、廻。本当にひとりでここに来たのか?」

 すれ違い際、ふと光右はそんなことを聞いた。


 その問いに、少し僕は雷に当てられたように動けなくなってしまう。……察しがよくて困るなあ、本当に。

「……ひとりで来たよ? それがどうかした?」


 光右はポリポリと短いスポーツ刈りの髪を掻きむしっては、首を左右に振って、

「……廻がそう言うなら別にいいんだけど。ドッジ班の練習が終わってからひとりでここにいるにしては、えらくゆっくりしてるなって思っただけ。そんじゃな」

「…………。うん、また明日」

 遠ざかる背中を見つめながら、聞こえないくらいの大きさで僕はボソッと呟いた。

「……嘘、なんだけどさ」


「あっ、たっくんおそーい。私のほうが遠かったのに早いよー?」

 駐輪場に出ると、もう既に日立さんはスタンドも蹴って出発する準備を終えていた。サドルにちょっとばかりかかったスカートの端が風に揺られながら、日立さんはカチャカチャと無意味にブレーキレバーを握ったり離したりして音を立てている。


「ごめんごめん。光右とすれ違ったからちょっと話していて」

「あっ。やっぱり神立先輩いたんだ。よかったー、先に別行動してて。見つかってたらまた怒られるところだったよー」

「……だね」


 少し重たい口調で僕が言ったことで、今まで明るかった日立さんの表情がちょっとどんよりと雲を帯びる。

「……やっぱり、私のこと隠すの、気が進まない?」


 それを見て不安に思ったのだろうか、日立さんはジリジリと夕方になっても勢いを落とさない夏空を見上げそう言う。

「……進まないっていうか。まあ、いい気にはならないけど……仕方ないよ。理由わかってたらどうにかなるかもしれないけど、わからないからどうにもならないし」

「……そ、そうだね」

 僕も自転車の鍵を外し、サドルに跨る。


「あまり長居してもまたバレちゃうかもしれないし、早いところ帰ろう?」

「……そ、そうだたっくん。ちょっと神社寄って行かない?」

 敷地を出て、交差点の横断歩道を渡ろうとすると、後ろからそんな声が聞こえて僕は地面に足を着けた。


「いいけど、なんで?」

「ほ、ほら。ちょっとお願いしたいことできたからっ」

「……ま、まあ。まだ時間あるし……日立さんがそうしたいなら」

「ありがと、たっくん」


 日が沈みかけの時間、青とオレンジの中間色の空の下、僕は方向を変えて、日立さんと一緒に通学路にある神社へと自転車を走らせ始めた。


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