3-3

 追っ手が来る気配はない。目論見通り、追跡は諦めたようだ。

「逃げ切った」小動物が巣穴から顔を出すように、カナリアは言う。

「そのようだ」俺は上部ハッチから外を伺いながら言う。「捕まえた俺たちの価値と、ここで追いかけっこする危険がどうしたって釣り合わないからな」

「ここには何かある」と、カナリアは言う。「危険な感じがする」

「〈触らずの地〉って呼ばれてる場所だ」ハッチを大きく開けて、上半身を外へ出す。胸のポケットから煙草を取り出し、一本咥える。「ここには〈かれら〉との戦争で使われた爆弾がいくつも眠ってる。大きな街を丸々吹き飛ばすほど強力なやつが。どこに埋まったり転がったりしてるかわからないから、〈フナムシ〉たちもここまでは追ってこない。まあ、奴らはその爆弾を〈宝〉なんて呼んでるが」

 火を点け、一息つく。上を向き、こちらを覗き込むように傾いた建物に向けて煙を吐く。

 ここも大きな都市の跡だ。四角い石造りの建物がどこまでも並んでいる。海が近いようで、微かな潮のにおいと、海鳥の姿が確認できる。

「鳥の声がする」

「海猫だ」

 カナリアが外へ出たがるので、先にハッチを抜け道を開ける。金髪頭がのそのそと穴から出てくる。本当に小動物めいた動きだ。

 廃墟に挟まれた空を、白い鳥たちが舞っている。

 俺たちは何も言わず、しばらく海猫の鳴き声に耳を澄ませる。俺たちさえ黙っていれば、他に物音を立てるような者はここにはいない。

「――一つ、訊いてもいいか」一本目の煙草が終わる頃、俺は彼女に訊ねる。カナリアがこちらを向く気配を頬に感じながら続ける。「どうして鳥が好きなんだ?」

 答えはすぐには返ってこない。

 考え込むような間が空いた後、彼女は呟く。

「飛んでるから」

「自分も自由に飛び回りたいって?」

 頷く気配がある。

「ハチは思わない」問われたのだ。

「俺たちの暮らしは基本的に自由だからな。命の保証もないけど」

「わたしも鳥になれた」

「飛べてないけどな」

「風に吹かれることができる」

 潮の気配が混ざった風が静かに吹き付ける。カナリアはそのにおいを嗅ぐように、目を閉じる。彼女の金色の髪が優しくそよぐ。

「外の生活は好き」

「それはよかった」

「ツバメの作るご飯も、しょっぱくておいしい」

「それは……どうなんだ?」

 腹が鳴った。俺のではない。カナリアが膝を抱え、小さく縮こまる。

「日が落ちたら帰ろう。それまでの辛抱だ」

 もう一度、腹が鳴る。今度は俺の腹の虫だ。

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