発掘12「南極2号」



 AIに支配され、アンドロイドに監視されている現在。

 時折、ウグイスの下にはとある依頼が持ち込まれる。

 匿名で内容は極秘、通常の作業室は使えずネットワークに繋がっていない道具しか使えない。


 ――シークレットオブジェクト、通称・SO案件である。


 ウグイスの今日の仕事はまさにそれで、スコッパー011から手渡しで受け取った品を開封している最中であった。


(何だろうこれ……、ビニール製? 妙に大きいがシラヌイさん達に秘密にするものか?)


 支配者たる彼女達に秘密にする、というのはそれなりの理由がある。

 勿論、法律や倫理的に禁止されている品を扱う訳ではないが。

 人工知能、機械知性体である彼女たちには、何故か毛嫌いするジャンルが幾つかあった。


(ダッチワイフ、インスタントラーメン、チーギュ)


 ダッチワイフは理解できる、主人の性別がどちらであれ彼ら彼女らは等身大の人型を嫌うのだ。

 インスタントラーメンは分かりやすい、栄養も偏るし何より世話のしがいが無いからだ。

 そして一番謎なのが「チーギュ」だ。


(チーギュ、シラヌイさん達は決して詳しい事を話そうとしない)


 極悪なウイルスか、それともハロウィンのような祭りか、それとも乗り物の類だろうか。

 ウグイスには、今回の品がチーギュで無い事を祈るばかりであった。

 そして。


「………………あ」

 

(や、ヤバいっ!? これはヤバいよ!! なんて物を送ってくるんだい011!!)


 謎のビニールを膨らませると、等身大とは言い難いが大きな人形に。

 胸は膨らみ口は丸く開いて、股間には穴が。


(ダッチワイフっ!? これダッチワイフじゃないかっ!? アイツめぇ……処分に困って渡したなっ!?)


 偶にあるのだ、アンドロイド達が敵視する一部の性玩具が発掘され。

 人類史の恥部として保管しなければならないが、見つかるわけにもいかない。

 現にウグイスだって、マッパー014に29世紀の電動オナホールを押しつけたりしているのだ。


「これはシラヌイさんに見つかっちゃダメだな」


「――何がダメなのですかご主人様?」


「っ!? シラヌイさん!?」


「はい、ご主人様のシラヌイです。どうしてご主人様は朝食も食べずに地下室なんかに? ――今、後ろに何かを隠しましたね」


「な、ななな。何でもないよシラヌイさん!! 朝ご飯なら今すぐ食べにいくから今すぐ部屋を出よう!」


 どうにか立ち去ってくれ、お願いだから去ってくれ。

 ウグイスは25世紀に不在が証明された神に祈った。

 先に述べたアンドロイドのタブー、その中で一番彼女達が敵視するのがダッチワイフだ。


(そこらで見つかる量産品なら捨てるところだったって処分するけどさぁっ!!)


 一目で理解できた、これは日本最古のダッチワイフと名高い南極2号。

 劣化が少ない事から後世のレプリカだと判断できるが、それでも貴重な歴史的資料だ。

 決して、失わせる事は出来ない。

 ――――だがシラヌイの瞳、戦闘状態を示す赤色に変わって。


「そこを退いてください、レーダーに感あり。非常に危険な敵勢存在を確認しました」


「バカなっ!? ここはセンサーを無効化できるのにっ!?」


「ご安心を。つい一昨日、この部屋が死角になっている事に気づいたのでアップグレード済みですわ」


 たおやかに微笑む妻、しかしウグイスにはその額に二本の角を幻視して。

 怒っている、激怒している、怒髪天である。

 彼女は元々荒事を得意としている機体だ、腕力でウグイスが抵抗できる筈がない。

 それでも。


「…………これはシラヌイさんが処理する程の物じゃないさ、私がしかるべき所で処置するから部屋に戻っていて欲しい」


「これは悲しい事を言いますのねウグイス、シラヌイは妻だというにに隠し事ですか?」


「普段は否定していない?」


「シラヌイのメモリーにはありませんわね、ただ少し羞恥プロトコルが働いているだけで」


「どうだろう、今からベッドでその羞恥プロトコルをじっくり調べるというのは」


「とても嬉しいお誘いですが、――――二度は言いません、退け」


「ひぇっ!? 重力砲はコロニー内では禁止じゃないのシラヌイさんっ!?」


 彼女の背後に展開されたるは、量子作られた仮想バレル。

 重力を制御し打ち出す、外の重力変動源に使われる兵器であり。

 全アンドロイドのオリジナル、月落としから世界を救ったオリジナル・ワンの必殺兵装。

 本気も本気だ、彼女は既にダッチワイフの存在に気づいている。


(どうする? 私には何が出来るっ!?)


 圧倒的優位な立場に居るシラヌイとはいえ、迂闊にウグイスを傷つける事はしまい。

 だが、彼女たちには人間を害するプログラムは無い。

 そして良くも悪くも、量子バックアップの存在がある。

 ならば。


「……………………秘技・スカートめくり!!」


「ご主人様? 夜にはまだ早――違うっ!? スカートめくりをトリガーとしたホログラム迷彩の発動っ!?」


「ふはははは!! 夕方までには戻るよ!!」


「――『全奉仕AIに告げる! 第一種タブーをスコッパー007が所持し逃走! 至急応援頼む!』」


「ずるいっ!? ならこっちも『メーデーメーデー、こちら対象Dを所持! 年代物だっ! ケースA発生! 支援求む!!』」


 こうしてその日は、コロニーアリアケ内にて人間とアンドロイドの突発的カーニバルが発生。

 結局、政庁屋上まで追いつめられたマッパー007と011が伴侶アンドロイドに愛を叫ぶ事で事態が収集したのであった。

 なお南極二号は焼却されたが、彼らは知らない。

 日本にはまだ様々なダッチワイフが埋まっていて、今まさにスコッパー001の手で掘り起こされている事を…………。


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