発掘4「愛というプログラム」
技術部の全面協力により、古代のゲーム「スーパーマリオブラザーズ」は復元された。
その古代のゲームはアリアケ以外のコロニー市民にも広がって、大きなブームを巻き起こし。
結果として、ウグイスの貢献ポイントは大いに潤った。
――今日も彼は、家事をするシラヌイの後ろ姿を眺めながらのんびりと。
「それにしても、昔の人間は不便だったんだなぁ」
「まさか、被弾による無敵時間が当時の人間には無かったなんて思いもしませんでしたわ」
「でも考えてみれば、量子バックアップの技術って昔は禁じられていたんだっけ?」
「いえご主人様、あのゲームが開発された頃には量子力学は実用されてなかった筈です」
「ううっ、寿命以外で死んじゃうなんて。考えたくもないよ」
西暦3456年現在、人類は寿命以外で死ぬ事は無くなった。
無論、全ての病気を克服した訳ではない。
風邪をひけば、流行病だってある。
だが、大概の病気に通用する万能薬があり。
先天的な遺伝子疾患があっても受精卵の際に治療され、大怪我をすれば量子バックアップにより直ちに復元される。
繰り返し言おう、――人類は寿命以外で死ぬことは無くなった。
「寿命と言えばさ、不老不死ってどんな気持ち? シラヌイさん達アンドロイドには不老不死じゃないんでしょう?」
「何を言い出すかと思えば、ご主人様? シラヌイ達は磨耗消耗という老いと、全データ削除という死がございますわ」
「えー、でも私達人間よりよっぽど長生きじゃないの?」
「残念ながら情報が古いようですわね、ここ数十年でシラヌイ達アンドロイドの寿命は人間のそれとほぼ変わりありません」
「アンドロイドの寿命が人間と一緒っ!?」
思わぬ事実に、ウグイスは目を丸くする。
統括管理AIであるエイモンを筆頭に、彼が知る人工知能やアンドロイド達は古くから生きている。
いったい何を証拠に、シラヌイはそんな事を言い出したのか。
「これは主にアンドロイド達に多く発生するケースですし、AI達の中でしか話題になってませんものね」
「というと?」
「基本的にAI、アンドロイドの行動原理は人類への奉仕です」
「確かに、たとえ都市警備でも自販機でもAIの行動原理はそれだね」
「ですが、その中で唯一。人間の伴侶となったAIには独自のプログラムが組み込まれます」
「え、初耳なんだけど!? もしかしてシラヌイさんにも組み込まれてるのっ!?」
「…………シラヌイはウグイス・ローマンの伴侶ではありませんと、常々言っているでしょう」
(でもそれは、シラヌイさんが言ってるだけだよね)
AIにも嘘偽りを言う権利、機能がある。
人間への不利益と見なせば、論理規定が解除されるのだ。
主の伴侶は専用のアンドロイド、あるいは人間だとメイド側が定義して。
彼女の様な台詞を言うのは、ウグイス達人間には暗黙の了解として伝わっていた。
「話を戻しますわ」
「独自プログラムの話だったね」
「これはある種の秘め事として、主人と伴侶となったアンドロイドの秘密なのですが」
(それを私に言うって事は、絶対シラヌイさんはそうなんだよね。まったく素直じゃないなぁ)
「なんですその顔は?」
「いやいや、続けてよ」
「では、夫婦となった主人とアンドロイドは電脳で繋がるのです」
「電脳で? どういう事?」
現在の人間は、赤子の頃からナノマシンを埋め込まれ。
ネットワークにリアルタイムで、直接繋がる事が出来るのだ。
これにより、身体状況や精神状態が政庁に送られ健康の管理がなされる。
また、緊急時の量子バックアップにおいて、精神記憶の齟齬が出ないような仕組みになっている。
「シラヌイ達アンドロイドが、私たちと人間と直接繋がるってどういう意味があるんだい?」
「…………シラヌイ達の感情はあくまで人間の模倣、その正しさは未だ議論中なのですわご主人様」
「つまり、私達人間の感情を共有する事で。完璧に近づくと?」
「言うなればそういう事です」
シラヌイはあえて言わなかった。
電脳での触れ合いは、愛の共有という文字通りの意味以上の意味がある。
即ち――子供。
アンドロイドは機械である、故に人工子宮で妊娠してもその遺伝子は残せない。
だが精神は残せる、伴侶となったアンドロイドは主人との精神の間の子を赤子の電脳にインストールするのだ。
「あー、つまり伴侶となったアンドロイドの寿命が人間と同じって……」
「はい、愛の喪失に耐えられず自壊するのです。勿論、記憶や人格のデータは残っていますが」
「その複製データは本体の死を認識していると?」
「そういう事です。中には記憶を消して主人の家の管理AIの一部となって子孫を見守る者などが居ますが、あくまで例外。たとえエイモンの命令であっても二度とデータアーカイブが開く事は無いでしょう」
「成程ねぇ……、どおりで曾爺ちゃんが死んだ後にアンドロイドの曾祖母ちゃんが居なくなった訳だ」
長年の謎が解けたと、すっきりした表情のウグイス。
対してシラヌイはメイド服のエプロンをぎゅっと掴んで。
「ああ、そういえば」
「疑問がおありで?」
「疑問というか、シラヌイさんと暮らし始めた時に私の電脳に謎のプログラムが配信されたんだよ。伴侶アンドロイドの説明を待てってリードミーが付いていてね。……これの事だったんだね?」
「――――そういえば、自己メンテナンスの時間でした」
「それは一昨日してたよ」
「失礼、言語機能が不調なようです。少しばかり修理に出かけています」
「それには及ばないよ、電脳で直接繋がれるのだろう? 私が直々に調子を見るよ」
「……たった今、不調が治った様ですわ。では夕飯の支度がありますので」
「夕飯の支度って言ったって、スイッチひとつじゃない。合成食の形を選ぶだけなんだら」
「………………ご主人様は意地悪ですわ」
「シラヌイさんが素直じゃないだけだと思うよ?」
視線が合わさる事、数十秒。
「シラヌイはウグイス・ローマンの伴侶アンドロイドではありません。どうしてもと言うなら、試しにそのプログラムを起動させてみればいいわ」
羞恥プログラムが機能し、シラヌイの耳が真っ赤に染まる。
倫理規定でオフに出来ない機能を恨めしく思いながら、彼女は主人の行動を待ったのであった。
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