第43話 アルフィンの明日

 十年前、行方知れずとなった悲劇の皇子レオンハルト。

 アルフィンの真の主である彼が帰ってきてから、一週間が経過した。

 その間にバノジェとの結びつきはより強固なものになっており、商業ギルドと冒険者ギルドが本部をアルフィンへと移し、街道の整備も進んでいた。

 アルフィン湖の周囲に散らばる集落との繋がりも強くなり、交易や往来が盛んになったことで今までとは比べ物にならないくらいの賑わいを見せるようになっている。


 町の雰囲気が変わっただけではなく、城の方でも吉事があった。

 長らく、意識不明の状態にあったリリアーナの妹アイリスの意識が戻ったのだ。

 本来、彼女は肉体を持たない魂だけが存在する不安定な状態だったのが十年前、ハイドラ復活の際にリリアーナの魔力暴走により、レオンハルト共に日本という異世界に転移してしまったのだ。

 転移時に自らの魔力で仮初の肉体を構成し、日本で六年間生きてきたアイリスがまさか、自分を異世界に飛ばした原因を崇める者により呼び戻されたのだから、運命とは因果なものである。

 故郷と肉親の元へと戻ってこれたものの教団により、魔力を奪われたことで肉体の維持が困難となり、そのままでは肉体を失うどころか、魂の消失による完全な死を待つのみだったのだ。

 そこでイシドールとベルンハルトという世界でも屈指の魔導師二人が考案したのがアイリスの肉体に選んだのは魔法生物であるホムンクルスだった。

 今年で18歳になる予定のアイリスがなっているだろう姿を仮初の肉体から想定し、特別なホムンクルスが生み出された。

 アイリスの魂を固着させる魔法儀式が行われ、成功に終わったもののその意識が目覚めないまま、無為に時が過ぎていたのだ。

 そのアイリスがハイドラが消滅した翌朝、目覚めたのだ。

 「ふわぁぁ、よく寝たわぁ。おはようございます?」と目覚めの第一声から、その個性的かつ強烈な面を見せたアイリスだがアルフィンに馴染むのにそう時間がかからなかった。


「アイリスが戻ってくれたから、わたくしも安心して旅に出られますわ」

「え?お姉さま、今、何と仰いましたか?」

「旅に出るの。た・び。足袋はこの世界にないから、旅ですわよ」

「それは分かってます。なぜ、旅に出るのです?」


 領主代行が面倒だからとは口が裂けても言えないわね。

 面倒は嫌ですし、レオと二人きりでのんびりしたいし、世界を自由に旅して色々な物を見たい。

 これが一番、大きな理由なのですけど、それを言ったら、アイリスまで来ると言い出すでしょうね。


「アルフィンにかかっていた黒雲は去ったかもしれないわ。でも、この大陸にはまだまだ、得体の知れない雲がかかったままなのよ。アイリスはそのままでいいと思う?思わないでしょう?」

「そ、それとお姉さまが旅に出るのに関係がないような」

「いいえ、それが関係あるのよ。アルフィンでの一連の動きは何らかの大物が影で糸を引いていたと思って、間違いないわ。だから、わたくしとレオが行くの。アイリスはここで皆とわたくしたちの帰る場所を守っていて欲しいのよ」


 説得完了ですわね。

 これでアイリスにはアルフィンを守ってもらい、彼女の身辺を守る為にお祖父さまとアン以外全員に残ってもらうことにする。

 さすがにこれだけの人員を割けば、エキドナもいる訳ですし、レオがキリムをアルフィンの守護竜として残してくれるそうなので問題がないと思うのです。

 それより、今、気になるのは…。


「アイリス、あなたとわたくしは双子よね?おかしいわ…」


 やや垂れ目気味のアイリスとやや吊り目気味のわたくしで多少、印象は違うかもしれないけど、容貌はそっくりなのに体の一点だけが明らかに違うのです。

 彼女のドレスから零れ落ちそうなくらいに育っている立派なものを手で触って、揉んでみて確認する。

 やわらかくて、重たいわね。

 あれくらいあるとレオも嬉しいのかしら?

 自分の胸を見て、確認するまでもなくあんなにやわらかくもなければ、走るのに邪魔してくることもない。

 爪先?余裕で見えますもの。

 育つものなのかしら、今からでも。


「食べ物の違い?それとも何か、他に理由あるのかしら」

「あのお姉さま、噂なんですけど…」


 アイリスが耳に口を寄せて、小声で語った内容は「好きな人に丁寧に毎日、揉んでもらうと大きくなるらしいですよ」という悪魔の囁きだった。

 本当なのかしら?

 直になの?それとも服の上からでもいいの?

 疑問はどんどん生まれてくるけれど旅先で試せば、いいのよね。




 頭にお祖父さま、右肩にニールを乗っけて、修練場で剣を振るって汗を流しているレオを訪ねることにした。

 お昼時で時間も丁度いいのでわたくしでも簡単に作れて、レオも気に入っているローストされた肉のサンドイッチを持参している。


「レオ、そろそろ、お昼にしてはいかがですの?」


 サンドイッチを詰めたバスケットを手に呼びかけるといつものレーヴァティンではないロングソードを振っていたレオが振り返った。


「あっ、リーナか。うん、そうする」

「それ、本当にアレでしたの?」

「嘘みたいだけど本当にアレだった」


 アレというのはかつて、レオがバールと呼ばれていた頃の愛剣デュランダルのこと。

 長い歴史の中でどこに行ったのか、全く分からないと思ったら、まさかハイドラの身体に封印されていたとは想像出来なかったですわ。


「使ってみて、どうですの?」

「懐かしい感じはするんだけどさ…それだけなんだよね。雷の力を強化できるレーヴァティンの方が総合的には上かな」

「旅には持っていきますの?はい、あ~ん」


 レオに手拭きを渡すけど、それよりも直接、サンドイッチを食べさせてあげる方が合理的ではないかと思いついたわたくしは実行に移してみる。


「あ、あ~ん、うん、美味しい。持ってくよ、二刀流とかロマンだよ」


 そう言って、にへらと笑うレオは本当にかわいい。

 何だか、餌付けしているような気分になってくるから、不思議。

 大剣がロマンって言っていた気がするけれど、気にしないわ。

 五歳年上なのだから、お姉さんらしく広い心で受け入れてあげなくてはいけませんもの。


 私は平穏を取り戻した白亜の城に目をやり、こんな平和な日常がずっと続けばと強く願う。

 かつてあれだけ、欲しても得られなかった平穏な時が得られたんだもの。

 平和は得るよりも維持する方が難しいと言うわね。

 これからの方が大変なのかしら?

 それでもきっと乗り越えられると思う。

 確信なんてない。

 でも信じている。

 皆がいて…レオがいるのだから。

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