第29話 五秒もあれば、十分じゃろ

アルフィン内政状況

人口: 413 人

帝国歴1293年

6月

 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

 黒きエルフ族が移住(+197人)

7月

 コボルト族が移住(+48人)

 バノジェや小集落から移住(+123人)

 ミュルミドン誕生(+10人)

 ミュルミドン補充(+30人)

   

人口構成種族

 人間族、エルフ族、獣人族(影牙族、影爪族)、コボルト族

 雑用ゴーレム、建築ゴーレム、ミュルミドン


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 ミクトラント大陸の最北端ローダニスの港に停泊する一隻の大型帆船があった。浸水したばかりのロンディア領が誇る最新鋭の技術をふんだんに取り入れた旗艦・長蛇号ヨルムンガルドである。

 しかし、最新鋭という割には三本のマストと左右に備え付けられた二層甲板による合計32基の大型石弓はそれまでの大型帆船と比べて飛びぬけたものではなく、いささか、拍子抜けするものだ。


「さあ、野郎ども。とっとと準備するんだよ!遅れたら、アラーリックにどやされるからね」

「へい、姐御!」


 長蛇号ヨルムンガルドの艦長にしてロンディアの誇る艦隊の指揮官でもある提督ジーグリットは女性の身でありながら、才覚と実力のみでのし上がった女傑である。船員へと号令を送るその姿はまるで海賊の女親分のようで威厳があり、どことなく粗野な感じさえ受けるものだが彼女は黙っていれば、深窓の令嬢と見紛うような美しい女性だ。知らない人間が迂闊に声を掛ければ、数秒後には後悔の涙を流すことになるのだが。


長蛇号ヨルムンガルドの門出だよ!」

「へい、姐御!」

「向かうのは遥か南さね。さあ、面倒な奴らの目から、離れるまでの我慢さ。そっからは分かるだろ?」

「へい、偽装解除でやんすね。合点でさあ、姐御」

「腕が鳴るねえ、最近、暇で仕方がなかったんだ」


 長蛇号ヨルムンガルドは風に乗ってゆっくりと動き出すとローダニスの港を出ていった。




 ごきげんよう、皆様。

 ずっと身近にいた人が骨の化け物になっていたら、どう思われます?ええ、今、そんな状況にいるリリアーナです。

 そうしたのはわたくしですし、今更、骨程度でどうこう思ったりもないのですけどね。それより、チューチューうるさい鼠をどうにか、すべきかしら?


「貴様、アンデッドになったと?それで吾輩に勝てると思うでまうす?甘いでますうす」


 鼠が杖を振り上げ、詠唱を始めたようです。面倒なので逆算して、打ち消してもいいのですけど、それではつまらないですもの。


「爺や、お任せしても?」

「そうじゃな。五秒もあれば、十分じゃろ。かっかっかっ」


 爺やが完全に悪役にしか、見えないのですけど。どうしましょう?悪役にならないように慎ましく、生きてきましたのに悪役を送り出すということは悪役の親玉ということですわ。ふふっ、完全に悪役ですわね、わたくしが。


「わしは借りを作るのが嫌いでのう。お主には倍返しさせてもらうぞ」

「無駄でまうす。吾輩の魔法の前にお前は消えるでまうす」

「出来るものならのう」


 鼠の魔法詠唱が終わり、その背後に青と赤の魔法陣が出現していました。言うだけはあって、炎と水のそれなりに高度な魔法を使ったようですわね。

 爺やも詠唱が終わっていますから、その背後に巨大な赤の魔法陣が出現しています。あれは恐らく、レベルIVの炎魔法ですわね。あら、面白いですわ。


「喰らうでまうす!炎の嵐ファイア・ストーム大水流ウォーターフロー!」

「しゃらくさいのう!地獄のヘル・ファイア


 水と炎が螺旋を描きながら、威力を増して爺やへと襲い掛かってきますが彼は全く、慌てていません。慌てる必要などありませんもの。

 爺やの描いた赤の魔法陣から、凄まじい勢いで放出された紫色の炎が赤と青の螺旋を上書きしながら、鼠へと逆に襲い掛かったのです。逃れる術などありはしません。


「ぎゃああああ」


 鼠は断末魔の悲鳴とともに文字通り、燃やし尽くされると黒い瘴気となって、消えました。


「あっ…」

「ん、どうしたのじゃ、リリー」

「鼠に連れ去られたであろう人質がどうなったのか、聞き出しておくべきでしたわ」

「すっかり、忘れておったのう。まぁ、ここにおらんのじゃから、他のとこにおるのじゃろうて」

「爺やは死者の王になっても性格は変わらないのね」

「変わっても困るじゃろ?かっかっかっ」


 それも一理ありますわね。爺やでない爺やの姿を見ても悲しいだけですものね。骨の爺やが爺やの姿かと言われるとちょっと厳しいですけども。


「お嬢さま、掃除の方は終わりましたっ。って、ベル爺さんですか!?ほ、骨になってますけどぉ?」


 わたくしたちが少しはましな鼠と遊んでいる間に掃除の一言であれだけ、わらわらといた鼠を全て、屠ってきたアンが戻ってきましたけど、案の定、爺やの姿を見て、固まってしまいました。当然の反応だとは思いますのよ。

 一般的にはリッチ・ロードどころか、リッチですらダンジョンの深層に生息するとされる高次元の魔物ですから。


「今更ですわ、アン。わたくしは元冥府の女王なのを忘れたのではなくって?」

「そうでした…お嬢さまはアレしちゃうとラスボスですもんね」


 何だか、変な納得をされたような気がしますけれど、わたくしとしては目的を果たせたのですよね。爺やがここに向かっていることは分かっていたのですし、無事ではありませんけど救い出せたのですから。


「他の通路は大丈夫かしらね」

「ふむ、先程の鼠はボスでなさそうだったからのう」

「あっ、小ボス?中ボスだったってことですか?」

「急いで戻るとしましょう」

「そうじゃな、転送魔法も万能ではないからのう。いささか、面倒じゃが歩きじゃな」


 わたくしとアンは当初の目的の一つである爺やの救出を終えることに成功しました。しかし、問題は解決しておりません。かどわかしを命じていた首班格はいませんでしたし、何よりもかどわかされた人々の救出に成功しておりませんもの。

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