第24話 緋色の乙女の緋色は血の色ですのよ
私ことリヒテッヒは日課となっている調べ物に勤しんでいますよ。これはもう、趣味みたいなものでしてね。趣味と実益を兼ねているこの仕事は案外、向いているのではないですかね。
「リヒテッヒさん、また何か、面白いものでも見つけたんですか?」
「おや、シュヴェレン嬢。謹慎が解けましたか、よかったですね」
私の心を揺さぶる澄んだ声が久しぶりに聞こえてきましたね。容疑者を確保するも貴族の邸宅を吹き飛ばしたことで謹慎を命じられていた同僚シュヴェレン嬢がようやく戻ってきたのですよ。
この赤毛の姫君は私の予想を覆す結果を導き出してくる実に面白い存在です。実に興味深いですよ。
「調べ物ですよね?魔導師の行方不明事件…結構、あるんですね」
「ええ、そうです。法則性のようなものはないんですがね」
性別や年齢がばらついているので法則性はないでしょう。共通するのは被害者が全員、魔導師であることだけか。これの意味するところが我々の予想するものと同じとすると厄介ですがね。
「私が気になっているのはこの事件とこれですね」
発端となる事件は帝国歴1277年に起きた”召喚師失踪事件”。召喚魔法の権威として知られるペリアーナ子爵が自領の屋敷から、忽然と姿を消した。簡単に言えば、貴族が行方不明なっただけに見せかけてありますがそうではないでしょう。
その姿を最後に見たのは子爵の養子であるメテオールという男。
もう一つの気になる事件は1283年に起きた”アルフィン動乱”。
帝国南部カルディアの州都アルフィンが蛮族の侵攻により一夜で滅んだとされる事件ですね。犠牲者はおよそ五千人弱、生存者は一名のみですか。生存者の名はリリアーナ・フォン・アインシュヴァルト。
シュヴェレン嬢の友人、魔法省長官の娘…偶然ですかね。
だが、気になるのはそこではありませんよ。実況見分を行った官僚の名。またしてもメテオールですか。偶然のはずがないですね。
「メテオールって…あれ?もしかして?」
この娘は本当に察しがいいですね。直観に基づき、行動が先走ることの多い娘。だが彼女の場合、その直感・閃きが冴えていますよ。怖いくらいにね。
「さすがですね、シュヴェレン嬢。メテオール・フォン・レンバッハ、帝国の宰相閣下ですよ」
「アリーゼって、呼んでくださいって、言いませんでした?あっ…あぁ、あの狐大臣ね。偶然なの?」
偶然にしては出来過ぎている、どころではないでしょう。灰色ではなく、黒ですね。ただ、証拠がありません。宰相が相手では捜査どころか、軽く探りを入れるのも難しいですね。
それにしてもこのお姫様は怖いもの知らずで困りますよ。いい意味でね。宰相を狐呼ばわりするのは誰の影響なんですかね、実に興味深いな。
「さて、どうしたものかね」
「とりあえず、いきましょ!リヒテッヒさん」
いやいや、本当に期待を裏切らない娘だ。
真紅の髪の少女に腕を取られ、部署から引きずられていく壮年男性の姿があった。
ごきげんよう、皆様。
作戦会議を終え、城を出立してから3時間…アーテルが運んでくれているとはいえ、ちょっと疲れてきたリリアーナです。
馬車で三時間も相当に堪えるのですけど、直に馬に乗って三時間ですもの。読書好き引き籠り気味令嬢には辛いものがあるのです。
ともかく、苦労の甲斐あって、わたくしたちはグレイヴンの本拠地が地下に眠ると思しき古代神殿の遺跡に辿り着きました。
恐らく、神殿の本殿があったと予想される遺跡の中心には崩落した石造りの天井と半分しか残っていない円柱などが残されているだけのように見えました。
いわゆる忘れられた神殿。もはや祀られることもなくなったであろう神が座した地は荒れ果てています。誰が祀られていたのかしら?気になるのだけど石像も原型が分からないほど崩れてますものね。
どこかおかしなところがないか、調査を始めます。ハルトとアンがわたくしの背後にぴったりとつくのはいつものこと。
ハルトは護衛騎士ですし、アンは専属のメイドなのだから、有事の際にわたしの身を守れるようにと過保護気味でそういう行動に出るのは人間として自然なことななのでしょう。だから、人は興味深い生き物だと思うのですけど。
あら?そもそも、わたくしに護衛の必要があるのか…あるかもしれないわね。今までもそんなこと言ってはあっけなく死んでいた気がするもの。
それ以上に問題なのは今回の当事者二名が所在なさげにわたくしの側に立っていることかしら?
当事者その1であるアモン様は戦闘形態である狼男へと変身した状態で周囲の気配に敏感になっているようですし、当事者その2のフュルフール様は空を見上げて「月に向かって、七難八苦を与えたまえなどと言うものではござらんな。この世界でも苦労の多いことよ」と小声で言っていますわ。
不穏な単語?いいえ、どちらかと言えば異世界の人しか知らないことを発したような…。そもそもなのですけど、この世界アースガルドに月はないんですもの。
天空に輝く大きな朱い星を見て、月だと思う人は異世界から来た人と見て、間違いないですわね。月という単語自体、この世界にはないはずですから。わたくしが月を知っているのは直近の前世が日本人だったから、異世界の月を知っていただけですもの。
七難八苦…月……鹿?誰ですの?異世界から転生してきた方だと思うのですけどね。
「イポス?あなたは独自に調査してもいいのですよ」
ええ、要は「調査しに行ってらっしゃいな」をやんわりと言っているのですわ。
陸戦、それも近接格闘の達人であるイポスですけど、やや頭が固いというのかしら、柔軟性に欠けるところがあって、この言い方では分からない可能性があるのが厄介よね。
「分かったっす、ちょっち行ってくるっす。あっ、語尾はうさがいいっすかね?」
「やめた方がいいと思いますわ」
「了解っす。じゃ、行ってくるっす」
ぴょんこぴょんこと跳ねながら、素早く移動していく様を見ると活躍しそうに見えるのが不思議ですわね。多分、探索では活躍しないのよね、あの子。
せわしなく動いているだけで働いているように見えるけど、注意力散漫だから肝心な物を見落とす子なんですから。
「微かに臭いがするんだぜ」
ん?狼男形態に変身すると性格が変わるのかしら?アモン様がボソボソと呟いた言葉遣いがこれまでと違うのです。
キャラ変?多重人格?それとも血を見ると人格が凶暴化するタイプと同じかしら?
「え?臭いですのね?」
「臭いがするんだぜ……こっちなんだぜ」
アモン様が鼻をすんすんさせながら、先導してくれるので皆でついていくことにしました。手掛かりと言えるものがそれだけなのでそう、せざるを得ないだけとも言うのですけど。
そう言えば、その方向から爺やと同じ魔力を感じるのです。嫌な予感…胸騒ぎというものでしょうか。
「ここから、するんだぜ」
そこは元々、倉庫か何かに使われていたものの遺構でしょうか。ほぼ崩れ去って原形を留めていない壁や天井であった瓦礫の山の中にそれはありました。地下へと続いている先が見えない闇色が広がる階段が…。
「何か待っていそうな感じがしますね、お嬢さま」
「熱烈な歓迎をしてくれそうだから、困りますわね」
アンの黄金色の瞳が獣眼になって、階段の先を静かに見つめています。夜視能力のある彼女には何かが見えているのでしょう。
「では全員がここに集まり次第、地下へと参りましょうか。熱烈な招待状をいただいたのですから、倍以上にお返ししないといけませんもの」
これから、敵の本拠地に少人数で乗り込むというのにわたくしの心を占めているのは不安ではなく、高揚感なのですから。身も心も令嬢として生きてきたつもりでしたけど、緋色の乙女と呼ばれていた頃の性が抜け切れていないようですわ。
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