第15話 忘れられない想いを胸に抱いて

アルフィン内政状況

人口:202人(5+197)

帝国歴1293年

6月 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

   黒きエルフ族が移住(+197人)


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 彼女と出会ったのは七十二柱ななじゅうふたはしらが揃うよりもずっと前のことだった。

 わたしがまだ、12歳でレムリア王国の第一王女として、生きていた頃だもの。

 彼女はわたし付きの侍女になる為、城に上がってきた子爵家の令嬢。

 貴族の令嬢にしては珍しく、弓を持って、野山を駆けまわるのが好きなお転婆でかわいい子。

 わたし自身、当時王国一の魔法の使い手として最前線に出ていたから、お転婆と言われていたから、親近感というのもあったのかもしれない。

 彼女―レライエもわたしのことをお姉さまと慕ってくれた。

 彼女は不死族ノスフェラトゥにしては珍しい癒しの技の使い手でもあって。

 まさか、彼女が七十二柱ななじゅうふたはしらに選ばれた理由はそれのせいなのかしら?


 それでもわたしと彼女の関係は変わることがなかったし、それはわたしが結婚しても揺るぎやしなかった。

 わたしにとって、彼女はかけがえのない妹であって。

 彼女にとって、わたしはかけがえのない姉であって。

 でも、あの時、わたしは復讐を選んでしまったから。

 わたしと彼女の関係は終わってしまったのだろう。

 彼女は今、どうしているのかしら。





 ごきげんよう、皆様。

 ブリューナクの元にようやく、たどり着くことが出来たリリアーナです。

 本当にようやくの一言で済ませたくないくらいに歩かされましたし、ミスリルゴーレムが待っているのも想定外でしたわ。

 おまけにミスリルゴーレムと激戦を繰り広げることになるなんて、思いもしませんでした。

 ミスリルですもの、希少価値が高いのでミスリル製の武具を所持している家は十家もないくらいですもの。

 さらにそのゴーレム戦において、全力を尽くしすぎた訳ですけどユウ様の炎の魔法剣の力を引き出せたのが収穫でしょう。

 問題なのは彼が味方とは限らないこと、彼の大剣が堅いゴーレム相手に炎の魔法を纏わせ思い切り、何度も斬りつけたから刃こぼれどころではない酷い状態になっていることかしら。

 今、襲撃されるとかなり、危ない状況ですわね。

 いざとなったら、奥の手を使いますけども。

 なんたら計逃げるに如かずと言いますでしょう?


 そして、二人して、魔導整流器レクティファイアと思しき宝石が取り付けられた部分を前に固まっています。


「これが魔水晶…きれいだね」

「この赤と青の魔水晶が取り付けられた部分を取り外せば、よろしいのかしら?」


 説明を受けた時、図面にあった通り、ブリューナクにきれいな宝石のような物が取り付けてあるのですけど外し方をうかがってない気がします。

 ブリューナクを二度と利用されないように壊しておくようにともお聞きしましたけども無理矢理、外しても平気なのかしら。


「よく分かんないけどこの宝石みたいなのが大事なんですよね」

「わたくしもそう思うのですけど無理に外してよろしいのでしょうか?」

「うーん、じゃあ、これくらいのところで斬っちゃえば、いいんです!」


 え?何?全く、見えなかったのですけど。


「ね?」

「え、ええ。そうですわね」


 「ね?」って、この子、いきなりボロボロの刃の大剣を抜いて、魔水晶付近を斬り抜いたんですもの。

 考えるよりも先に行動するのが信条な子だとは思いましたけど早すぎるのですわ。


「はい、これはリリーさんので。この青いのが僕ので」

「あ、ありがとうございます?」


 お礼を言うつもりがつい、疑問形になってしまいました。

 まさか、わたくしの瞳が紅いから、赤い魔水晶を渡してくれたのかしら。


「リリーさん…泣いてるんですか?」

「え?どうして…分からないですわ」


 自分でも気付かないうちに涙を流していたようです。

 赤い魔水晶を胸に抱いた時、懐かしくて、とても愛おしい…そんな気持ちが湧いてきたから。

 それから、わたくしが泣き止むまでユウ様はそっと静かに抱き締めてくれました。

 背丈はわたくしの方が高いので妙な体勢ではありますけどわたくしが泣き止むまで何も言わずに抱きしめたまま、見守ってくれたのです。

 あら?これではどちらが年上なのか、分からないですわね。

 わたくし、六歳も年上ですのに…自信が音を立てて、崩れていきそうですわ。


「えっと、それでこれ、壊さないといけないんですよね?」

「ええ、そういうお話でしたわ。どうやって、壊しましょうか」

「僕の剣もボロボロですしね…」

「わたくしの魔法で壊してもいいのですけど…建物まで壊れてしまいそうですから」


 二人して頭を抱えて、悩んでいると不意に頭上から、聞きなれた声が聞こえてきました。


「くっくっくっ、お困りのようだな」


 こんな特徴的な笑い方をする人は間違いありません、あの人です。


「お祖父さま、どうしてここに?」


 わたくしたちの頭上に黒いうさぎのぬいぐるみがふわふわと浮いていました。

 よく考えますとうさぎさんの口はバツなのにどこから、声が出ているのでしょうね?


「かわいい孫娘が困っていると思って、来てやったのだぞ?」

「え?孫って、うさぎ?あれ?うさぎで孫でだから、目が赤い?いやいや」

「えっと…それを説明すると長くなるのですけど……」


  待っている間、不機嫌そうに床をダンダンと足踏みするお祖父さまを横目にユウ様に軽く、説明しました。

 勿論、わたくしの素性や過去や前世の話などは混乱させるだけなのでしませんけどね。

 もし、ユウ様が本当にレオだったとしても今、記憶のない彼にそんな話をするのは酷でしょうから。


「お祖父さま、お待たせして申し訳ございません。わたくしたちにはアレへの対処法が分からないのですわ」

「うむ、苦しゅうない。わしに任せておくがいい。なぜかっ!わしが大魔導師だからだっ!」


 お祖父さまのことは好きだけど少々、殺意が湧いてきそうなレベルで面倒な人ですわね。

 幼い頃、お祖母さまがお怒りになられた時の話をお母さまから、聞いたのですけどその理由はきっとお祖父さまね。


「よし、よく見ておくがいい!今こそ必殺の!」


 お祖父さまが勢いよく跳躍し、ブリューナクの真上に躍り出たかと思うとくるくると回転し、ブリューナク目掛け踵落としを繰り出したのです。


「スゥーーパァーーークォォーーーースーーモォォーーノーーーヴァーーウゥーーーサァーーキィッーークー!」

「嘘だろ」

「ええ?」


 お祖父さまの蹴りが入った瞬間、ブリューナク全体に細かい、亀裂が蜘蛛の巣のように入っていき、そして、粉々に粉砕されたのです。

 それはもう見事なまでに粉微塵というくらいに。

 ええ?今の魔法ですの?

 わたくしには見た時点で分析・逆算を可能とする目があります。

 だから、魔法かどうか分かるのですけど、あれは違いますわね。

 間違いありません、単なるウサキックですわ。

 まさか大魔導師たるお祖父さまともあろうお方が本当に単なる力業ですの?


「くっくっくっ、諸君それではまた、会おう!さらばだ!!」


 チョコチョコとうさぎのぬいぐるみらしく、かわいらしい姿で歩いてきたお祖父さまはそれだけ言うと神々しい光に包まれていき、消えました。ツッコミを入れられる前に逃げたとも言いますわね。


「消えた!?」

「えっと…多分、お祖父さまの作った転移魔法を使ったのでしょう」

「な、なるほど。色々と凄いですね、ははっ」


 わたくしを見るユウ様の目に生温かいものが感じられたのですけど、気のせいですわね。




「ただいま、戻りましたわ」

「たっだいまー」


 ラウム様の武具店に戻れたのはもう日が落ちかける頃でした。

 転移の魔法を使えば、すぐに帰ってこれたのですけど、それではユウ様と別れるのも早くなってしまうから…別にわたくしが寂しいからではなくって……ユウ様が寂しがるからですわ。


「俺の目もまだまだ、曇っちゃいなかったな。おめえら、完璧にやってくれるたあな」


 ライモンド様が愛情表現なのか、ユウ様を激しくハグしています。

 え?わたくしも?無理ですわね。

 近づかれないように凍気の壁を作ったりなんて…していますわ。


 ふと気づくとフェリーがかなり疲れた様子で店内の椅子に腰掛けていました。

 あまりに静かすぎて、気付かなかったくらいに静か。

 喋っていてもきれいなフェリーですけど、静かにしていると本当にきれいで。

 そういえば、ユウ様はフェリーが女の子だと知らなかったみたい。

 今は潜入しているので男装しているから、余計に分かりにくいのかもしれませんけど。

 

 実はわたくしの着ているワンピースもフェリーが子供の頃、着ていたものなのです。

 その頃のフェリーは今と違って「小柄で華奢なお姫様だったからね」というくらい別人だったそうです。

 あら?つまり、フェリーの子供の頃の服でわたくしは丁度いいということに。

 解せませぬ。

 確かに栄養は足りていないかもしれませんけど。


 だから、その頃のフェリーはライモンド様が理想とする異性の姿をした婚約者だったということです。

 ただ、あまりに過保護が過ぎる偏愛気味なライモンド様に辟易したフェリーは体を鍛えることで自己逃避するようになったそうで。

 その結果として背が伸びすぎ、筋肉質になってしまい「こんなの俺の嫁じゃねーからー」というのがライモンド様出奔の真相なのですわ。

 拗らせると色々、大変なのですわね。


「そうそう、これだ。完全なる魔水晶があれば、おめぇらの魔装具を作れるぜ」


 一通りの歓迎が済んだ後、青と赤の宝石のような物を見せるとライモンド様の目つきが変わった気がします。

 これが匠というものなのですわ。


「あ、あの…それでお借りした武器なのですけど……このようになってしまい申し訳ございません」


 ユウ様がボロボロになった大剣を見せ、わたくしが代わりに謝罪することにしました。

 年上の女性らしいところを見せないといけませんでしょう?


「お、おめえら、これは…いや、ありえねえな」

「ごめんなさい…壊すつもりではなかったんですの」


 怒っているという訳でもなさそうなライモンド様のご様子ですけど、弁償しないといけないと思うのです。

 好意に甘んじるだけでは貴族の矜持に反するのですわ。


「弁償?んなもんもらえっか!俺様の作った武器が壊れるたあ…おめえらの武器は作り甲斐がありそうだぜ。俺様最高の作品を仕上げてやらあ」

「「え?」」


 二人とも目が丸くなっていたに違いないでしょう。

 怒られるどころか、彼の様子では喜んでいるようにさえ、見えるのですから。


 ライモンド様のお話をまとめると「自分が鍛えた武器はちょっとやそっとじゃ、壊れねえ。だから、壊れた借り物は気にするな」ということ。

 どうやら、わたくしたちの使い方が荒かったからではなく、変換された魔力の高さに材質が耐えられなかっただけのようで…わたくしが魔法剣を使うように唆したから、壊れたのではなかったのですね。


 それでわたくしたちでも使える最高の魔装具を仕上げてくれるそうなのです。

 ええ、分かってましたのよ。

 世間知らずの貴族の娘でも武器を鍛えるのに結構な時間がかかることくらい知ってますもの。


「ではユウ様、お先にどうぞ」

「いいんですか?リリーさんも急いでるんですよね?」


 キラキラした純粋な目でわたくしを見つめないでくださいませ。

 わたくしの目的は既に達成していたのですから。

 根源である破壊兵器を排除するというのが当初の目的でしたものね。


「お嬢ちゃんのはあれだ。あとでお嬢ちゃん家の方に行ってやるから、坊主のを今日中に仕上げてやらあ」




 武具店を出たわたくしたちは帰路につきました。

 これでユウ様ともお別れなのですね。

 彼は別の世界から来た人、彼がレオなら…ベルであったなら……また、会えるはずですもの。

 だから、寂しくない…ですわ。


「ありがとう、リリーさん。また…会えるかな」

「女神様が紡いだ御縁なら、会えるかもしれませんわ」


 ええ、問題はその縁を紡いだかもしれない愛の女神が他ならぬ自分であるということですわね。

 愛を信じられますでしょうか?神を信じられますでしょうか?

 愛の女神本人が愛に報われない世界ですのよ。


「じゃあ、さよならは言わない。またね!」

「ええ、また…ごきげんよう、ユウ様」


 邪心の無い笑顔を残し、ユウ様がわたくしの前を去っていきました。

 このまま、アルフィンに戻って、領主代行として、貴族の責務を果たして…。

 わたくしと彼の道が再び、交わることはあるのかしら?


「姫…」

「あら…アンディ?どうしましたの?」


 不意に感じる気配と声。

 影のようにわたくしの背後に現れるのなんて、一人しかいないもの。

 それにしても珍しいですわね、呼んだ時くらいしか声を聞くことが無いアンディが自分から、声を上げるなんて。


「憚りながら…姫の探し物、探して参りました」


 わたくしの探し物?

 聞き捨てならない言葉を聞き、振り返るとアンディが胸に抱いていたのはわたくしの会いたかった妹だったから。





「リリーさんに言うの忘れちゃったな」


 僕が勇者だっていうのを言い忘れたのはどうでもいいことだ。

 勇者であろうとなかろうとリリーさんに関係あるとは思えないから、いいんだけどなぁ。

 この町が何かおかしいっていうのを言っておくべきだった。


 僕を監視するような視線を感じるのはまぁ、いいか。

 異世界から来た人間を信用してないんだろうし、あのフリッツって人も怪しいんだよな。

 笑顔で手もみしながら低姿勢だけど刃物隠してて、油断するとグサッときそうな感じ?

 そんな嫌な感じがするんだ。

 それよりも気になるのがこの町女の人が極端に少ないんだよね。

 お婆ちゃんはいるんだけどお婆ちゃん以外がいないんだ。

 若い女の人なんて、見たのは僕と一緒に日本から召喚されたお姉さんくらいだしなぁ。

 あのお姉さんも僕よりちょい上くらいの年に見えたけど気のせいかな。

 リリーさんに似ていた気がするんだ、気のせいだよね。

 少なくても胸の大きさがものすげー違ったし、間違いないと思う。


 これも気のせいかな?

 リリーさんと一緒にいた時、感じていた身体の軽さがなくなったんだ。

 なんだったのかな、あれ。

 いつも以上に力が出せて、どこまでも頑張れる。

 そんな錯覚が起きていたよね、不思議だ。

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