第4話 元の世界に戻る

「ありがとね、みんな」


「相変わらず、軽い人だな」


「そうですね。女王陛下としての威厳もへったくれもありません」


「為政者として軽いのよね」


「これだと、死霊王デスリンガーがいなくなっても内乱とかで滅びそう」


「ルード、みんなが酷い……」


「女王陛下、『忠言は耳に痛し』ということわざが、ユウたちの世界にはあるそうです。彼らなりの励ましの言葉なのですよ」


「とてもそうは思えないんだけど……」





 死霊王デスリンガーを倒した俺たちは、すぐさまアーデル王国に戻って女王陛下と謁見して詳細を報告した。 

 俺たちが召喚されてから三年も経ったというのに、この女王陛下の軽さは相変わらずだ。

 とはいえ、現時点でもまだ二十歳前なので仕方がない部分もあるのか。


 巫女としては非常に優秀な人らしい……断言できないのは、やはりその軽さからか?

 ただ、現に俺たちはこうして召喚されているわけだし、死霊王デスリンガーを倒すこともできた。

 彼女は国民たちからの人気はとても高いそうで、しかも約束どおり、このあと俺たちを元の世界に送り届けてくれる。


 それを考えると、そう悪い為政者ではないのかもしれない。


「この世界は、死霊王デスリンガーのせいで大分荒廃してしまったけど、きっと立て直すわ。ルードがもの凄く頑張って!」


「「「「いきなり他力本願!」」」」


 こんな女王陛下で、俺たちがいなくなったあと大丈夫なのであろうか?

 でもこの世界に残ったところで、ただの高校生が国家の再建や統治で貢献できるわけないからな。

 やっぱり、帰ろう。


「ワシ、もう隠居したい……」


「駄目! アーデル王国のみんなが、ルードの政治手腕に期待しているのよ!」


「(女王陛下、あんたもな……というか、あんたが一番期待しているだろう……)」


 残念ながら、女王陛下は巫女としては最優秀だし、人気も高かったが、為政者としては無能に近かった。

 下手に働くと逆に国民に迷惑をかける、いわゆる『無能な働き者』になってしまうのだ。


 いくら死霊王デスリンガーが滅んだとはいえ、この世界の状況は厳しい。

 立て直しに、ルード宰相の政治手腕が必要なのだ。

 もっとも、すでに七十を超えている彼は引退したがっていたが。

 

 死霊王デスリンガーへの対応で彼は疲れ切っていたので、当然と言えよう。


「ベンガー公爵、そなたならワシの後継者として……」


「なにを仰いますか! 私ごときが、ルード宰相の後継者など務まるはずがありません!」


 いや、ベンガー公爵の方が爵位高いじゃん。

 そんなに女王陛下の補佐は疲れるのか。


「ラック伯爵……」


「ベンガー公爵でも難しいというのに、私ごときには無理です」


 誰しもが、このあと宰相としてアーデル王国を立て直すのは難事だとわかっているのであろう。

 誰も、次の宰相になろうとしなかった。

 火中の栗を拾いたくないのであろう。

 平和で安定した世の宰相でなければ、その職に旨味はないというのもありそうだ。

 現時点で宰相になって失敗すれば、ルード前宰相と功績と比較され、批判されるのは確実。

 なお、女王陛下への責任追及の声はほとんど出ない。

 なぜなら、国民の大半が女王陛下がお飾りのトップ、政治手腕は味噌っかすであることを知っていたからだ。


「誰も引き受ける人がいないから、ルードがこのまま宰相ね。お願い」


「はい……」


 こうして彼は、死ぬまでアーデル王国のために働くことが決定した。

 あと数年頑張れば、後継者が出てくるかもしれないので頑張ってほしいと思う。


「異世界より召喚されしパラディンのみんな。この世界に残ってもいいのよ?」


「いやあ、この世界って、牛丼もラーメンもないからいいです」


 基本的に調味料が塩とハーブしかないので、飯が不味くて辟易していたのだ。

 醤油とか味噌の説明はしたのだが、今にも死霊王デスリンガーによって滅ぼされようとしているのに、そんなものを作っている暇はないと言われてしまったのを思い出す。

 体作りのためだと言われて岩塩で焼いたステーキばかり食べさせられ、最初はとても難儀したものだ。

 今では慣れてしまったけど。


「えっ! そんな理由で?」


「飯はこれから一日二~三回、間食も合わせるともっと回数が増えるから、元の世界に戻りたいです」


「そう言われると納得かも」


「女王陛下、裕君は置いてきた女性がいるそうです」


「えっ? なぜバラす?」


 ここでまさかの、涼子さんによる暴露。

 俺は告げ口されるとしたら、絶対に桜さんか愛実さんだと思ったのに……。


「なによ! 私と愛実を疑うなんて! 涼子はお嬢様お嬢様しているけど、実は結構耳年増なんだから!」


「そうなんだ」


 女性同士、そんな話もするというわけか。

 それにして涼子さんが……意外ではあるな。


「ねえ、女王陛下が……」


 桜さんに指摘されて女王陛下を見ると、彼女は一人激高していた。


「ユウ! このアーデル王国の女王陛下たる私にも婚約者なんていないのに! どうしてユウにはそんな人がいるのよ?」


「どうしてと言われても……そういう生まれだから?」


 久美子は幼馴染だし、まだ正式につき合っているわけでもないけど。


「私だって、この国の王女として巫女として生まれて今は女王なのに! 全然お婿さんが来ないのはおかしいじゃない!」


「そうですか?」


 独身のまま女王になってしまったから、婿入りするとアーデル王国乗っ取りを疑われるからじゃないかと思う。

 他国との婚姻も、その他国が悉く滅んでいるからなぁ……。


 あと、この女王陛下の下に弟王子がいて、彼はまだ幼いが優秀で将来を嘱望されている。

 彼が次の王になればいいので、女王陛下が独身でも誰も問題視していないというのもあった。


「巫女だからではないですか?」


「リョウコ、それはどういうこと?」


「私たちの世界だと、巫女は処女性が重視されるケースが多いかなって」


「そうかな?」


 実家の神社は、例大祭の時と年末年始はアルバイトで巫女さんを入れるけど、普通に彼氏がいる女子大生とか応募してくる。

 実は神道って、結構緩いところがあるんだよな。

 うちの実家も常時巫女を雇える状況ではないので、巫女さんといっても臨時の店員さん扱いだからっていう事情もあるけど。


「リョウコ! 実家がジンジャとかいう神殿のユウが、こんなことを言ってるわよ!」


「裕君……」


「いやだって、今時巫女に処女性が必要とか、一生結婚しないで神に仕えるとか、そんなのないもの。物語でもあるまいし」


 過去には、近所の奥さんを巫女で雇ったりしていたからな。

 うちの実家。

 今の時代、大半の神社がそんなものであろう。


「こっちだって、巫女は普通に結婚できるもの!」


 巫女さんは結婚できるけど、巫女でもある女王陛下は結婚できない。

 よくある話である。


「じきにいい人が現れますよ」


「ユウ、本当?」


「本当に、本当に」


 もし女王陛下がこのまま一生結婚できなかったとしても、それが判明した時にはもう俺はこの世界にいないので問題ない。

 俺は、心の中で舌を出した。


「ええと、それじゃあ名残惜しいけど」


「「「「お世話になりました」」」」


 いきなり召喚されて戸惑ったし、大変だったのは事実だけど、邪神を倒すなんて機会そうそうないし、死なないで済んだのでいい思い出だったと思う。

 久美子以外の美少女三人と、一緒に行動できたというのもあるな。

 リア充気分を味わえたのだから。


「じゃあ、元の世界に戻すわよ」


「涼子さん、桜さん、愛実さん。お元気で。もう会うことはないと思うけど」


 それぞれ似たような別の世界に戻るので、もう二度と会えない。

 共に命をかけて戦ったので、少し寂しくはあるな。


「裕君もお元気で。男性の方が一人いて頼もしかったわ」


「そうね、一応裕も男性だから」


「なんだかんだでいつも前に出てくれたものね。ありがとう」


「じゃあ、召喚された時刻の一分後に送りまぁーーーす」


「「「「そんなこと、できるんだ?」」」」


 と思った瞬間、またも眩しい光で視界が覆われてしまい、俺はそのまま目を閉じてしまった。

 数十秒後、眩しさがなくなったので目を開けると、そこは三年前に俺が掃除をしていた洞窟内の祭壇の前であった。


「本当に戻ってきたんだ」


 とはいえ、あの女王陛下のことだ。

 実は失敗して、召喚された時から百年経っていましたとかやりかねない。

 急ぎ確認する必要があった。


「祭壇の掃除は終わり。じゃあ、下山するか」


 祭壇に一礼してから、俺は全力で下山を始めた。

 細い山道を下って、いつもなら実家の戸高神社まで三十分弱ほどかかる……はずだったのだが……。


「うひゃぁーーー! 早い早い!」


 やはり、死霊王デスリンガー討伐のため厳しい鍛錬をした甲斐があったな。

 蛇行している山道を使わず、家まで真っ直ぐ駆け降りたら三分とかからず神社に辿り着いてしまった。

 向こうの世界で鍛えた身体能力は、こっちの世界でもそのままのようだ。


「これからは、山腹の祠の掃除に時間がかからないでいいな」


 これまでは、どんなに急いでも往復一時間弱かかったが、これからは十五分もかからない計算だ。

 向こうの世界で苦労した甲斐があったというものだ。


「ただいま! 祠の掃除終わったよ」


 女王陛下は巫女としては優秀な人なので、本当に一分しか経っていないと信じて、俺は自宅の玄関に入った。

 ところが、予想もしていなかったアクシデントに見舞われてしまう。


「こらっ! 裕! 祠の掃除をサボったな!」


「ちゃんとやったって!」


「まだ三十分しか経っていないじゃないか! 山道を途中で戻って来たに決まっている! 祠の掃除をサボる奴がいるか!」


 これはとんだ盲点だった。

 これまで一時間ほどかかっていた祠の掃除を半分の時間で済ませたと言って戻れば、父からサボリを疑われて当然というわけか。

 というか、女王陛下の巫女としての実力は本物なんだな。

 本当に召喚されてから一分後に戻してしまうのだから。


「私の目は誤魔化せんぞ。もう一度行って来い!」


「はい……」


 三年ぶりに元の世界に戻ってきたというのに、いきなり俺はまったく変わっていない父から叱られる羽目になってしまったのであった。

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