第21話

 妖艶な微笑みを見せた天ヶ原。

 「ちょっと座って待ってなさい」という彼女の言葉通り、俺は自室に戻り一人ベッドの縁に座っていた。


 ……これってもしかしなくてもあれだよな? お誘いってやつだよな?

 

 俺はそわそわと落ち着きなく部屋の中を見回す。

 一応消しておいて方がいいだろうと思い立ち、明かりは落とした。


 ドクン、ドクン……

 心臓が高鳴るのを抑えられない。これから起こる出来事を想うと、緊張と期待が胸の奥から溢れ出して、俺の思考はただ本能に塗りつぶされる。


 そして――、


 テロンっ♪


 不意に鳴り響いたスマホの通知音。慌てふためき思わず落としそうになりながらも、俺は送られてきたメッセージを通知画面から直接開く。

 進んだ先、貼られたURLの下。ユーチューブの配信画面に映っていたのは、他ならぬ推し『星海ヨゾラ』。


「ヨゾ、ラ……」


 表示された視聴者数――俗に言う同接人数は一人。その横には、限定公開の証であるクリップマーク。

 正真正銘、この配信を見ているのは世界で俺だけ。


「こんそら~! ムーンさん、見えてる?」


 キョトンとかわいらしく首を傾げて俺の名前を呼ぶのは、どこかの誰かとそっくりの、けれどワントーン高い、聞き慣れた愛しいヨゾラの声。


「あっ、コメントきた。えっと……? 『見えてる見えてる、今日も可愛いぞヨゾラ』? ちょ、流石に二人きりでそれを言われると照れちゃうなぁ」


 普段通りのテンションで打ち込んだコメントに、えへへと声を弾ませて恥じらうヨゾラ。


 途端、胸の内が感激の奔流で荒れ狂う。

 そう、俺は今日までこの為に動いてきたのだ。

 傲慢な同級生の父親を説き伏せ、一度のミスも許されない極限状態での動画作成をして、あまつさえ、その同級生を同じ家に住まわせて。


 全てはヨゾラとの二人きりの時間という、甘い甘い餌を鼻先にぶら下げられていたからこそ。

 もちろんヨゾラの引退を阻止するという目的の為にやってきたことではあるが、初めての報酬を受け取った今この瞬間くらい、全ての苦労が報われたのだと勘違いしてもいいだろ?


「ねえ、せっかく二人きりなんだし通話繋いでお話ししようよ。コメントだと少し遅延もあるし……ね?」


 俺が了解した旨をコメントに打ち込むと、再びスマホに通知が来る。

 そこにはディスコードのアドレスが貼られていた。

 ノイズカットやら入出力の汎用性、時にはオンラインで立ち絵を動かせる利便性なんかも相まって、Vtuberの殆どはこのディスコードで同業者や事務所とやり取りをしているらしい。

 俺はなるべく天ヶ原の名前を見ないように目を細めつつ、アドレスを検索し『星海ヨゾラ』と書かれたアイコンに友達申請を送る。

 

 な、なんかヨゾラのディスコードを手に入れてしまったが、これは凄いことなのでは……?


 ディスコードはフレンドがオンラインなのかどうかが分かる。

 つまりこれは、『星海ヨゾラ』が配信外でどうしているのかが断片的に分かるという事で。

 いやまあ、魂と一緒に暮らしておきながら何を今更って感じはしなくもないが、やはりあくまでも俺の中で『星海ヨゾラ』と『天ヶ原乙羽』は別人。

 何というか、ステージ上のアイドルとアイドルのプライベートは別、みたいな。ほら、Vtuberにだって普段芸人だけど記念配信とかだけ可愛さ発揮する子とかいるじゃん?

 若干違う気がするが、その極端な例だと思って欲しい。


 俺は息せき切ってパソコンを立ち上げ、ディスコードを起動する。

 え? なんで最初からパソコンで見てないないのか、だって?

 いやほら、何ていうか……もしかしたらってあるじゃん? パパさんと別れたばっかだし人肌恋しい、的な……。

 しょうがねえだろあんな誘い方されたら分かってても勘違いしちまうだろうがこんちくしょうッ!!!


 ……とまあ、色々な事が起こり過ぎてキャラ崩壊仕掛けた俺だが、手だけはしっかり動かしていて既にヨゾラの配信とディスコードを同時に起動している。


「よ、ヨゾラ……?」


 恐る恐る声を掛ける。

 コメントに反応してもらうのと通話で話すのは訳が違う。

 手と背中と首筋と。さっきから変な汗が止まらない。


『よかった、繋がったね! ……その、初めまして。ムーンさん』


「は、初めまして……」


 ヨゾラはコメントやSNSでのエゴサ、俺の作る切り抜き動画やその概要欄で。

 俺は配信やツイート、ボイス販売等彼女のあらゆる活動で。


 『星海ヨゾラ』と『ムーン』として互いが互いの事を一方的に知っているから、〈初めまして〉は少し変な気がしたけれど。


 そんな違和感は高速で動く思考が思いついてすぐ頭の片隅に弾き飛ばした。

 そんな細かいことはどうでもいいのだ。

 もっともっと色んな事、伝えたい想いが山ほどあるのだから。


 ――こうして開闢と呼ぶにはいささか甘い空気の中、俺たちの初めての『配信』が始まったのだった。

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