30話 魔術師宛のお届け物



「せんぱーい! 先輩宛に荷物が届いてますー」



 大嫌いな書類仕事を唸りながら片付けていると、リルが大きな荷物を持ってやって来た。両手でなんとか持てるくらい、リルの上半身が隠れるほどの大きさだ。



「ありがとう。重たいでしょ、受け取るよ」

「いえいえ、大丈夫です。それにたぶん、先輩には持てませんよ、これ。すーっごく重いので」



 そう言って、リルは机横の床にその箱を下ろす。ドンッ、と低い音が鳴ったので確かに重たそうだ。



「ありがとね」

「どういたしましてー。これからも力仕事はおまかせください!」



 ニコッと可愛らしい笑顔を浮かべるリル。

 見た目は私より小柄だけど、【身体強化系スキル】を持っているため、重たい荷物も楽楽運んでしまうのだ。魔術師団では、このスキルを持っているのはリルとグレンだけで。リルは率先して重たい荷物を運んでくれるので、とても助かる。



「空路速達便なんて珍しいですね。すごくお金がかかるのに。何を頼んだんですか?」

「……なんだろね?」

「エッ。先輩が注文した魔石とかじゃないんですか?」

「違う違う」



 まったく身に覚えがない。

 たとえ何かを頼んでいたとしても、料金のバカ高い空路速達便なんて使わない。グレンにバレたら容赦なく、頭を叩かれる。

 魔術師団で基本的に使われているのは、料金が一番安い陸路通常便のみ。急ぎの場合でも、陸路速達便だ。



「間違えて頼んだとかじゃないですよね?」

「さすがにそれはないって。いくら私でも空路速達便を選ぶヘマはしない」

「…………ですよねっ!」

「なんだ、今の間は」



 全然信用してないじゃん、と言えば、てへっと可愛い笑顔が返ってくる。

 それでうまく誤魔化せてると思っているのだろうか、この子は。



「とにかく、差出人を見てみましょう。間違いだったら、着払いで送り返せばいいですし」

「…………そうだね。えーと、差出人は…………うわっ」

「先輩?」

「ちょ、ちょ、リル! 急いでグレン呼んできて!」

「え? 副団長ですか?」

「そう! 『師匠から荷物届いた』って言えばわかるから!」

「わ、わかりましたっ」



 バタバタと慌てたように、リルが駆け出していく。その背中を見送って、突如、師匠から送られてきた荷物に目を向ける。



「なんか師匠からってわかると、異様に存在感が増すな……」



 まさか手紙を送ったら、大きな荷物が届くだなんて誰が予想できようか。これなら、本人が直接来る方がまだマシだ。



「なんだろうなぁ。なんか嫌な予感がするんだよなぁ」



 主に、私が忙しくなりそうな意味で……。


(杞憂で終わらないかなぁ)





 ◇ ◇ ◇





「……なんだこれ」



 箱の中身は、まるで組み立て前の材料のようだった。単体では意味をなさないものばかりで、大きさも形も色々ある。

 それと、綺麗なまん丸に加工された魔石が一つ。片手で持てる水晶玉くらいの大きさだ。

 あとは、何かの説明書らしき大判の紙が一枚。折りたたまれているので、内容はわからない。正直、わからないままでもいい。



「これ、なんだと思う?」

「俺にわかるわけねぇだろ」

「だよねぇ」

「手紙入ってねぇのか」

「あったとしても読みたくない」

「おい」



 ハハハ、と乾いた笑いがこぼれる。

 なんというか、箱を開けた時くらいから、嫌な予感がヒシヒシときている。できれば、グレンに全部丸投げして、私はここでお役御免になりたい。師匠からの手紙なんて読みたくない。



「これ、手紙じゃねぇか?」

「…………」

「おい、無視すんな」



 ペシッ、と手紙らしき紙で頭をはたかれる。

 そして、「ほら」と渡されたそれは、封筒にすら入っていない二つ折りの紙。「それは手紙じゃない」と言いたいけれど、師匠は手紙を封筒に入れない人だ。どれだけ分厚くなっても、癖なのか必ず二つ折りにして――



「お前にしか開けられねぇように魔法をかけてるとこ見ると、師匠とその弟子って感じがするわな」



 指定した人物にしか開けられないように魔法をかける。つまり、私がどれだけ足掻こうと、これは“師匠からの手紙”なのである。

 とりあえず、隣で遠慮なく笑っているグレンの脇腹に一撃――くそっ、避けられた。



「さっさと読め」

「はいはい、読みますよ。えーと、“可愛い愛弟子エルレインへ”」

「嘘つくな」

「痛っ」



 脳天にチョップを落とされ、舌を噛みかける。危ないな! とグレンを睨みつければ、「忙しいんだから、さっさとしろ」と圧をかけられ、チッと舌打ちを返しておく。



「こんな奴の一体どこがいいんだ……。エルレインお前、フォーゲル団長に惚れ薬でも盛ったんじゃねぇのか?」

「失礼なっ! 私はそういう『人としてどうなの?』的なことはしないっ!」



 むかついたので足を踏んで――あーッ! また避けられた!

 何をしてもヤツには当たらない気がするので、大人しく手紙を読むことにする。避けられ続けてイライラするし。



「えーと、何々――」



『エルレインへ。久しぶりの連絡が“王都に来い”か。オレを呼びつけるなんて、ずいぶんと偉くなったもんだなァ? 次に会える時が楽しみだよ、オレは。』



(……もっとオブラートに包めばよかった……)


 簡潔に書いた方がわかりやすいかと思っただけなのに、まさかそれが裏目に出るなんて。あとでフォローの手紙を送ろう。絶対に送ろう。



『あと、封印扉の件だけどよォ。ドラゴンが攻めてきたわけでもねぇのに壊れるって可笑しくねーかァ? 壊れた時の詳細が一つも書いてなかったしよォ。天変地異でも起きたのかっつーの。大丈夫かよ、王都。』



(引きこもり令嬢の裏拳一撃で壊れたって教えるべきかなぁ。きっと、傷つくだろうなぁ)


 それはそれで面白そうとは思うけど、逆に「ふざけてんじゃねぇぞ」と怒られるだろうか。……でも割と、女の人から振られる時、火事場の馬鹿力的な魔法をその身で受けているから、すんなり信じそうな気もする。

 日頃から女の人を誑かしている罰として、「か弱い令嬢の裏拳で壊れるなんて、ずいぶんとやわな造りにしたんだね」と書いておこう。



『オレ、修理は引き受けねぇからな。』



「は!? 唐突に何!? 文脈が可笑しいっ!!」

「やっぱそうきたか……」



 突然、否定文がきて驚いた。

 隣のグレンは深い溜め息をつき項垂れている。



『オレも色々と考えてはみたんだぜ? 弟子の成長を確認すんのも悪くねぇな、とか。テメェの旦那に会うのも面白そうだな、とか。王都で休暇がてら豪遊でもすっか、とかな。』



「「 ………… 」」



『けどまぁ、結局、“面倒くせぇな”と。そもそも、封印扉が壊れたのはオレのせいじゃねぇだろ? 壊した奴がわりぃ。つーことで、そっちで勝手にどうにかしろや。』



「うわぁ……」

「終わった……」



 無慈悲だ。グレンがこの世の終わりみたいな顔をしている。さすがに可哀想――



「ん? 続きがある……」



『――と、本当なら言いてぇとこだけど、そいつァさすがに無慈悲だわな。オレの良心も痛む。つーことで、新しい封印扉を造ることにした。んで、八割方出来てっから送るわ。ちなみにそいつはオレが最近ハマってる製作方法――【組立式魔道具】ってヤツだ。親切丁寧に説明書まで作ってやったんだ。テメェで完成させてみなァ。オレの弟子なら当然、できるだろ?』



「……丸投げされた……」



 ニヤニヤと底意地悪そうな師匠の顔が頭に浮かぶ。

 グレンはグレンで、私の肩に手を置いて「頼む、マジで頼む」とか言ってくるし。さっきまでのこの世の終わりみたいな顔はどこいった。

 それにまだ、手紙には続きがある。



『それと、そいつに外付けする素材が一つ足りねぇ。深夜になると出てくる魔物――スケルトンドッグが咥えてる【スケルトンメイジの骨杖ほねづえ】だ。組み立てる前にまず、それを取りに行け。一本ありゃあ事足りる。“絶対に”行けよ。』



「……スケルトン…メイジ……の…骨杖……」

「エルレイン……」

「うそだ…ッ……うそだと言って……!」

「俺が言うのも可笑しいかもしれねぇが…………ドンマイ」



 ぽんっ、と労るように優しく肩を叩かれる。

 そして――



「師匠のバカーーー!!!」



 ぐしゃっ、と持っていた手紙が手の中で潰れた。




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