13話 魔術師と精霊の加護



「なんというか、驚くことだらけですね、この村……」



 そう呟いた私の視線の先にいるユリウスさんは、同意するように頷いた。


 ――私たちは今、リーン村の村長が用意してくれたゲストルームにいる。

 ユリウスさんと共に魔術師団への依頼の件と、ボタニルドラゴンについての報告を終えた後、ここへ通されたのだ。ちなみに、私がもともと泊まっていた宿には村長が話を通してくれるとのことで、今日からここが私の宿泊先となる。


(あの宿だって綺麗な方だったけど、ここと比べたらすごい差だわ……)


 部屋の大きさは泊まっていた宿の倍。

 向こうは床一面板張りだったけど、ここは品のいい一面絨毯張りだ。

 更に、細やかな彫りが施されたシンプルなローテーブルと、それに似合う3人掛けのソファーが2脚。

 そしてその反対側には、白を基調としたキングサイズのベッドが1台。

 ダメ押しに、トイレとお風呂まで備え付きときた。

 まさに、貴族も宿泊できる高級宿と言っても過言ではない豪華さだ。


(まぁ、一応、貴族なんですけど)


 待遇的には間違いではない………たぶん。


 けれど、ユリウスさんをも驚かせた事柄は、当然この部屋のことではなく。

 ボタニルドラゴンの話を聞いた後の、村長の反応である。



「普通はあんな風に大笑いできませんよね……」

「普通はな……」



 そう。ボタニルドラゴンの他に仔ドラゴンが3体ほど増えていたという話を村長にした数秒後。



『アーハッハッハッ!!』



 ………と、なぜか腹を抱えるほど大笑いされたのである。

 けれど、それは私たちが報告した内容を馬鹿にしたものではなく。ボタニルドラゴンの動向に対しての笑いだったようで。

 満足するまで大いに笑った後、村長は――



『話し相手がおらず、寂しかったのでしょう。私は彼と喧嘩をしてから、一度もあの洞窟へは行っておりませんからね』



 と、歪みのない綺麗な微笑みと共にそう言った。

 その綺麗な微笑みからはどことなくまだ怒りのようなものが見てとれて。どんなことで喧嘩をしたのか、ついつい知りたくなってしまったけど……。

 もちろん、そんな野暮なことはしなかった。



「村長の大笑いもそうだが、彼の年齢もだな」



 しみじみとした様子でそう言ったユリウスさんの言葉に、同意するように頷く。

 この村の村長、見た目は30代くらいなのに、実際の年齢はまさかの100歳超え。羨まし………信じがたい現象である。

 そんな奇跡の村長を前に、人並みには『若さを保っていたい』と思う私は、失礼を承知で小声で尋ねた。



『それは、一体どんな魔法を使っているんですか……?』


 

 すると村長は、少し困ったように微笑んで――



『洞窟にいるドラゴンと同じ精霊様のご加護を、頂戴しているおかげなのです』



 そう教えてくれた。


 ――村長が言うには、この村では昔、精霊や聖獣に愛された人がたくさんいたのだという。

 そして、村長の生まれもちょうどその頃。村長の身内で精霊の加護を受けていたのは、母方の叔父にあたる人で。

 隔世遺伝というのか。その叔父に似たという村長も、運良く同じ精霊に気に入られたのだという。


 ちなみに、『精霊や聖獣に気に入られる』はイコール『加護を受ける』ということだ。

 その加護を受けた場合、個人差はあるものの、20~30代くらいになると歳を取るスピードが落ちるらしい。100歳超えの村長の見た目が若いのはそのためだ。

 それと、失礼ついでに聞いた寿命については、村長も正確なところはわからないという。ただ、加護を受けた本人が死を望めば、そういう風になる可能性はあると言っていた。


 洞窟のドラゴンたちの件といい、この村での出来事は本当に驚きだらけである。



「この村、他にも加護持ちの人っていますかね?」

「おそらくな」

「特殊な村ですね……」

「あぁ。なんでもボタニルドラゴンの話によると、この村の村長になる条件の1つに、精霊か聖獣の加護が必要らしい」

「えぇ……」



 なんて突飛な村……というのが私の正直な感想。

 けれど、ユリウスさん曰く、この村に関してだけ言えば、意外にも妥当な決まりなのだそう。



「この村に多くいる加護持ちを悪用させないための措置だろう。精霊や聖獣が加護を贈るということは、その人物が【善良】である証明だ。加えて今は、洞窟にボタニルドラゴンもいる」



 そこまで説明されてようやく理解する。

 身近にいた加護持ちの強さが化け物すぎて忘れていたけど。加護を受けたすべての生き物が自分の身を守れるくらい強いというわけではなかった。

 それに、加護を受けた人が【善良】というのであれば、精霊や聖獣を怒らせる心配もそれほどないだろう。

 こうしてみると、この村に関しては村長になるのは加護持ちが相応しい。



「ちなみに、加護の恩恵ってどんなものがあるんですか?」

「俺が知っている限りでは、【老いるスピードが緩やかになること】と【同一の精霊や聖獣から加護を受けた者同士の意志疎通】くらいか。あとは【戦闘能力の特化】だが、それに関しては個人差があるそうだ」

「なるほど」



 身近にいた加護持ち――師匠の異常な強さはその恩恵もあったのかと、今更ながら納得する。

 あの頃はまだ子供だったせいか、加護やスキルに興味がなく。師匠の異常な強さも見たままを普通に受け入れ、「どうしてそんなに強いの?」とか気にしたこともなかったのである。



「それじゃあ、その精霊や聖獣にお願いすれば、特化してほしいところをカスタマイズできるってことですか? 身に付ける武器や装備みたいに」

「……………なぜ、そんな考えになった?」

「え……え? いや………な、なんとなく?」



 純粋に思ったことを口にしただけだったのに、なぜか不穏な空気に。………これ以上は何も言うまい。



「………【神の三遣い】と呼ばれている種族だからな。いくら気に入られているとはいえ、どんなことでも許してもらえるという訳ではない」

「……………」

「授ける側と受け取る側の関係性にもよるだろうが、何かと影響力の強い種族たちだ。加護を受けた側がおいそれと意見を口にする立場にはなれないと思うぞ」

「デスヨネー」



 ユリウスさんの言葉を聞いて、私は視線を明後日の方向へ飛ばす。


(いや……なんというか……うん……。私の昔話って、地雷まみれかもしれない……)


 神の三遣いについて、正確に理解していなかった私も悪いとは思う。思うけどでも、それ以上に……。



『腹減ったー。ロウ(※聖獣)、飯はー?』



 幼い私の子守りを押し付け、ご飯までたかる師匠諸悪の根源がどう考えても圧倒的に悪い。


(でも、私もロウくんにかなりワガママ言った気がする……)



『同じ穴の狢だなァ?』



 ………というのはきっと幻聴だ。そうに違いない。


(うぅ……。もっとちゃんと理解してから接すればよかった……)


 とはいえ、ロウくんもロウくんなのだ。

 神の三遣いについて描かれた絵本を読めるようになった頃。一度だけロウくんに、「せーじゅーさまってえらいの? 今日からロウさまってよんだほうがいい?」と尋ねたことがあった。もちろん、幼いながらに聖獣というものを理解した上でだ。………それなのに。



『えらくないよ。だから、ロウくんって呼んで?』



 そう微笑まれてしまったらそれはもう………鵜呑みにするだろう。普通に。


(よかった……、ロウくん以外の聖獣とエンカウントする前に常識を知れて。本当によかった……)


 とりあえず、師匠が想像よりも危ない人だということは、充分に理解できた。今後、師匠を基準に考えるのはやめておこう。



「――とはいえ、精霊の加護に関してはデメリットもある」

「デメリット?」

「あぁ。捉え方は人によるが、俺にはデメリットにしか思えない。………ただ、そのデメリットに喜びを感じる者もいるようだが」

「よ、喜び……」



 予想外の言葉に少し困惑する。

 デメリットに対し喜びを感じるのは、どう考えても危ない匂いしかしない。



「えっと、そのデメリットって……?」

「精霊側一方通行の【視覚と聴覚の共有】だ」

「え……」

「精霊側からのみ、加護を授けた相手の視覚と聴覚を自分に繋いで情報を得るらしい。更に最悪なのは、それがどのタイミングで行われているのかわからないところだ」

「うわ……」



 ユリウスさんの言葉に顔が引きつる。

 それはつまり、加護を受け取った側のプライバシーがないに等しいということ。

 これはほぼ私見になるけど、盗聴やのぞきといった痴漢行為に分類されても文句は言えないと思う。しかもそれが死ぬまで続くなんて最悪だ。

 私ならそんなデメリットのある加護は断固としていらない。



「俺はこれをデメリットとして考えるが、中にはそれを有り難がる者もいるんだ。精霊を神の遣いと信じ、『自分は神に選ばれし者だ』と」



 眉間に皺を寄せ、ユリウスさんは不快感を隠すこともせず、そう口にした。

 そして、なぜ精霊がそんな痴漢まがいなことをするのか。その理由について、ユリウスさん曰く、



「三遣いの中でも特に精霊は出不精なんだ。決められた区域からそうそう出ようとしない。だが、外の世界は見てみたいという我が儘から、生き物に加護を与えては彼らの視覚や聴覚を通して様々な風景を覗いていると。そういうことらしい」



 とのこと。

 一応、神聖と言われているだけあって、やましい気持ちはないのだろう………たぶん。



「とりあえず、精霊とは接点を持たないようにします。怖いので」

「………そうなることを願っている」

「え?」



 ボソッと何か聞こえたような気がしたけど……。ユリウスさんがなんでもないと言うように首を横に振ったのて、気にしないことにした――。


(仕事も無事終わったし、気分転換に観光でもしてこようかな~)


 窓の外を覗いてみれば、お土産物を売っている出店がたくさん並んでいる。これは見ごたえがありそうだ。



「ユリウスさん、私ちょっと観光に――」

「エルレイン」

「は……い……………い゛ッ!!?」



 名前を呼ばれて振り向くと、そこには極上の微笑み。

 思わず目をかっぴらいたまま固まれば、私の逃げ道を塞ぐように壁と窓枠に置かれるユリウスさんの腕。そして出来上がったのは、完全に囲い込まれた私で。



「ユリウス、さん……?」



 壁が邪魔をして、もう後退することはできないのに。それでも体は勝手に逃げようとして、背中を壁に押し付けてつま先立ち。

 目の前のユリウスさんは、普段の無表情からは考えられないほどの笑顔を浮かべていて。

 更にその距離の近さに、私の心臓は慌ただしく動き、大きな音を立て始める。


(ひィ……む、無理――)



「さて。説教といこうか」

「……………へ?」



 一瞬、思考が停止する。

 目の前で微笑むユリウスさんをジッと見つめて、ふと思い出したのは説教案件のあれやこれ。


(あ……。そういえば、あとで聞くって自分で言ったわ……)


 どうして今の今まで忘れていられたのか。現実逃避ってすごい。

 そして、説教をされるとわかった途端に逃げ出したくなる私………子供か。けれど、逃げ道は断たれているのでどうすることもできない。

 ………とりあえず、変な抵抗をするのはやめておこう。

 優しいユリウスさんのことだ。きっと諭す程度で終わってくれるはず――



「………え? ……………んえッ!!?」



 気が付けば、浮いている体。油断していたところを抱き上げられた体。

 突然のことに頭は追い付かず、抵抗のての字も出ぬまま運ばれて。

 ようやく事態を把握した頃には、ソファーに腰掛けたユリウスさんの膝の上になぜか座っている状態で。


(え。何。え。え………うえぇッ!!?)


 もう何が何やらわからない状態である。



「ゆ、ゆゆゆゆユリウスさんッ!?」

「ふむ。やはり横抱きの方がよく顔が見えるな」

「………ひ、ぇッ」



 斜め上から覗き込むような仕草に心臓が跳ね上がる。それと同時に、無意識に体がぎゅっと縮こまって。

 着々と持病になりつつある動悸と息切れに襲われる。今回は、奇声さえ口から飛び出さないほどに重症である。



「――さて。逃げ道は断った。時間もたっぷりある。どの説教話しからしようか?」

「……………」



 鬼だ。鬼の所業だ。

 そんないい笑顔と甘い雰囲気を漂わせておきながら、内容はただの説教だなんて。


(二重の意味で辛いわッ)


 けれど、こうなったのが自分の行動のせいであることに、納得はしているので。



「ちゃんと反省します……」



 結局この体勢のまま、説教される他ないのである……。




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