第38話 頑張ってきた日々

 小説を書き始めて、一か月が経過した。


 この間、残念ながらというかありがたいことにというか。茜が映画の仕事に本格的に取り組まなければならず、あまり茜と会えていない。

 隙間時間があれば電話したりしているのだが、やはり会いたいという気持ちが強い。


 そんな気持ちを発散させるために、俺は恋愛ものの小説を投稿することにした。

 そうと決めてからは、意外にも早く書きあげることができた。


 そしてしばらく毎日投稿を続けている。


「まぁ、微妙なところだけどな」


 ランキングに載ることもあるが、一桁には程遠い。

 これでは書籍化なんて夢のまた夢。

 どうすればランキングに載れるのか悩みながら、今日も登校する。


「おはよー」


「はよう」


「歩夢今日も眠そうだね……」


「まぁな。ふはぁ」


 最近あまり寝れていない。

 と言っても寝ていないのは夜で、学校から帰ってきて仮眠を取ったり、授業中寝たりしているんだが。


「やっぱり、こいつのエネルギー源は明理川茜だったかぁ」


「違うわ」


 違わないけど。

 っていうかそうなんだけど。


「最近仕事で忙しいって言ってたもんね」


「あぁ。ここ二週間は一回も顔見てない」


「マジか。それは辛いな」


「まぁな」


 そう気だるげに答えて、机に突っ伏す。

 最近では机が冷えていて寝るなと言われているように感じる。

 そう言われても寝るんだけど。


「そんなお前に朗報だ。今日カラオケ行かね?」


「カラオケ……かぁ」


 そういえば、小説を投稿し始めて一か月。こいつらとあまり遊んでいない気がする。

 俺はそれほどに、自分を追い込んでいたのか……。


「たまには息抜きも大事だろ? お前が何かに頑張ってるのは知ってる。だから、今日は俺のおごりだ。存分に気分転換しようぜ」


「……お前いい奴かよ」


「ふっ、いい奴なんでな」


 こんな風に普段はふざけたような態度をとっているが、その背後に気づかいが含まれていることを俺は知っている。

 冗談なしで、正弘はいい奴なのだ。


 氷見が惚れてしまうのも、よく分かる。


「ん?」


「いや、なんでも?」


「その何でもが気になるなぁ」


「教えてもいいが、ここで言ったら間違いなくお前に災いがもたらされるであろう……」


「じゃ、じゃあいいよ! ってか言わないでください!」


「しょうがねーなぁ」


 きっと氷見は俺が何を言おうとしていたのか察したのだろう。

 まぁこの二人のラブコメを促進させるという点においては、言ってしまうのも効果的かもしれないけど。


 でも恋には、人それぞれのスピードがあるのだ。

 だから俺が何かする必要などない。


「まぁそういうことだから、今日の放課後は空けとけよ」


「おう」


 そう答えて、俺はもう一度机に突っ伏した。




   ***




「よしっ、行くか」


「おう」


 スクールバッグを持って立ち上がり、凍えた廊下を三人で歩く。

 もうすっかり冬らしくなっていて、とにかく寒い。

 

 冬は人肌が恋しくなる季節と言うが、ほんとにそうらしい。


「ん?」


 ポケットに入れていたスマホがバイブする。

 何かと思ってみてみれば、茜からメールが来ていた。


『今ちょうど休憩時間なんだけど、歩夢は学校終わった?』


「すまん、ちょっと電話してくるから先行っててくれ」


「んあ。あっ、おっけい」


 察してくれた正弘にサンキューと言って階段を上がり、人のいない屋上前のちょっとした広場に腰を掛ける。

 そしてさっきのメールに返信をした。


『終わった。電話する?』


 するとすぐに返ってきた。


『する!』


 その言葉と同時に、電話がかかってくる。

 少しびっくりしてスマホを落としそうになったが、踏ん張って電話に出た。


「もしもし」


『あっ、もしもし歩夢? 愛しの彼氏の歩夢?』


「おい」


『あっごめんね間違えたね、ダーリン♡』


「…………」


『沈黙やめて!』


 電話でも相変わらずのようだ。

 ひとまず、元気そうな声に一安心し、茜の続く言葉を待つ。


 ――だが、その言葉が出てくるのに、異様に間があった。


 それにすぐに違和感を感じた俺は、茜に呼びかける。


「茜? どした?」


 すると返ってきたのは、さっきと打って変わって弱弱しい声。


『歩夢の声聞けて、テンション上がっちゃった……はぁ』


「茜? どした?」


 明らかに呼吸がおかしい。 

 もしかして――


『ちょっと体調悪いか、も……』


「あ、茜? 茜!」


『……バタッ』


 そんな物音が聞こえた。

 その後、訪れる嫌な沈黙。

 

「おい、茜‼」


 何度呼んでも、茜が俺の呼びかけに答えることはなかった。



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