第十六打席

 三失点した周戸が満塁で降板し、リリーフがなんとかピンチをしのいだ。これで三対一。五回裏のケビンの二打席目は、ツーアウト二塁のチャンスで回って来た。ランナーは中川。足はあまりなく、長打が求められる局面だった。

 有川は失点してなお崩れる様子を見せない。シーズンでの起用が約束されている彼にアピールの必要はなく、ただのびのびとその腕を振るえばいい。まして、本気で打ち取る気さえない。ゆえに、これが打てないようでは一軍戦も遠ざかるというものだった。

 外の直球はストライク。二球目は手を出してファウル。ケビンは即座に追い込まれてしまった。打たなければ。そう思うほどに、ケビンのスイングは鈍る。内のボール球をどうにかカットするも、次のスライダーにバットが出てしまった。これで三振。ケビンは肩を落としつつベンチに戻る。

「次あるって」

「はい。頑張ります」

中川にフォローされても、自分の至らなさばかりが目についた。

 そして、この回で有川はマウンドを降りた。彼にしてみれば文字通り肩慣らしにすぎないのだろう。四回の一点についても、シルバの選球眼を見たのち中川の読みを確認した結果とも捉えられる。

 そして、試合は終わった。結局ケビンは四打数一安打。それもケビンと同じように試用期間の選手から打ったヒットだった。これでは一軍レベルだと認識されない。

 日程が進み本拠地が沖縄から横スタに移っても、ケビンのバットから快音は響かない。十一打数で二安打、四球も選べていない。ケビンの中に、次第に焦りが募っていた。


 だがそれに、居ても立っても居られない人もいた。この日慎二はは横浜のオフィスで仕事だったが、前日に休みをもらっている。既に身体はできている。

 ケビンはひとりバットを振っていた。次の出場は明日の新潟戦。予告先発は佐藤。平均155㎞の剛速球投手だ。速球マシンを打つその両手は、どこか力みが入っている。

「やってる? 差し入れ持ってきたよ」

「おお、シンジ。どうしたんだ、仕事なんじゃ」

「ばか、お前が三タコしてるの黙ってみてるっての? いいから食いな。結局、死ぬほど食べて死ぬほど運動するのが一番なんだから」

彼は頷いて、その紙袋を受け取る。人気店のハンバーガーが四つ。ケビンはそれを一個ずつ口に含んだ。

「しかし改めて日本のピッチャーはすげえ。あんなしなやかなフォームから、唸るようなファストボール投げるんだから。俺に打てるんだろうか」

「心配するなって。オオタニやチャップリンは打てなかったけど、お前は高校の時に打ってきただろ。160㎞の球を」

それは彼らの高校時代の話。共に戦ってきた経験が、二人にはあるのだ。

「ハルカ、結局プロを目指さなかったんだ。もったいないな」

「仕方ない。今のプロ野球は、あの子を受け入れられないから。まあ、それはいいんだ。遥の球だってちゃんと解析して狙いを絞れば打てた。だったら」

「サトウの球、用意してくれてるんだな」

慎二はベンチから立ち上がり、鞄の中のグラブを取り出した。打撃投手として活動できるのはシーズン中に限られている。だからこれが、日本で初めての二人の時間ということになる。

 だが、ケビンは首を振った。そして彼のグラブを、そっと手で抑える。

「いや、だめだ。約束だからな。開幕戦で会うってな」

「意固地だな。だが今日打てなきゃチャンスはないぞ」

「打つさ。心配するな」

そう言って最後のバーガーを平げると、数回ジャンプしたのちマシンの前に立った。そして力みのない構えから、打ち出された球に対してバットを出していく。とっさに見上げた慎二は、打球を見失っていた。ケビンの方を向き直すと、何やらうずくまっている。慎二は一瞬身構えるが、大事に至っていないことを確認すると胸を撫で下ろした。

「痛たたた」

「ほんと、締まらないよな」

慎二が笑うと、つられてケビンも笑い出した。

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