第二打席

 日系人として生まれた栗原慎二は、中学までを故郷のテキサスで過ごしたのち、日本の高校に入学した。商業科で資格を取りつつ野球を続け、卒業と同時にテキサスの保険会社で就職した。だが慎二は、野球をあきらめなかった。その結果が、この日のトライアウトへの参加だった。

 慎二が迎えを待っていると、一台の日本車が来た。運転席から手を振る友に応じながら、助手席に乗り込む。シートに座ると、冷たい感触に迎えられた。

「シンジ、お疲れ。スプライトとゲータレード、どっちがいい?」

「じゃあ、こっち」

そう言うと、蓋が半分開けられた状態で差し出される。慎二は礼を言いつつ、その炭酸を口に含んだ。

「どうだった? メジャーの打者は」

「打ち取らせてもらったよ。今日のために用意してきたんだから」

「おお、じゃあ契約も」

それを聞くと慎二は首を振った。

「無理だよ。これで二回目。スカウトも僕のピッチングは見飽きてる。僕は頭打ちが見えてるんだ」

 トライアウトでは今使えるかはもちろんのこと、伸びしろも見られる。いかに高い制球力を持とうが、たぐいまれなスピンで変化球を操ろうが、速球が遅ければ使えない上頭打ちだとされる。メジャーにも最速八十五マイル以下の投手はいるが、それは稀有な例だ。サブマリンならば遅くとも通用しうるが、慎二のサブマリンは七十五マイル程度しか出ず最低ラインに達していない。

「ヘレナのおっさんなんかよく話しに来てたじゃないか。あそこはどうだ」

「ケビン、あそこは無理だ。求めてる選手が違いすぎる。ビアーズは速球派を育てるノウハウで食っているチームだ。僕みたいなのを求めちゃいないよ」

 加えて、である。慎二には成長するための時間がないというのだ。その調整法では一試合一試合に追われ過ぎる。ゆえに、好意的だったスカウトも敬遠したのだ。

「そんなこと言うなよ。お前が投げるなら俺、いくらでも打つぜ」

「そういう問題じゃないんだよ。でも、ありがと。次のコンビニ寄って。運転代わる」

「ばか、ピッチャーが腕使うな。でもコンビニは寄るぞ、試合前のスナック買ってく」

「太るぞ」

「いいんだよ」

 運転するケビンはそう言って鼻歌交じりにハンドルを切る。

 そうしてたどり着いた場所はセキュアスタジアム。3Aパシフィックリーグ、サンアントニオ・ビアーズの本拠地だった。彼は、ケビン・グレアムはこのチームで一塁または左翼として起用されている。高卒一年目のトライアウトで契約を勝ち取った彼は、トレーニングの末にクリンナップを任されるまでになった。そしてハイレベルな守備と一発のある打撃でメジャーに照準を合わせていた。

 選手通用口まで行くと、ケビンは立ち止まった。

「なあシンジ、今日の先発誰か知ってるか」

「パーキンソンだろ、マイアミの奪三振王。不調だって触れ込みだけど、打てるの?」

「打つんだよ。あのカッターを見極められれば、俺はメジャーに行ける」

「カッターだけじゃないよ。あんまり投げないけど、カーブの変化もすごい。あれは決め球だよ」

慎二がそう言うと、彼はこちらを見て笑みを見せた。

「スピンもコントロールも、お前には劣るさ」

「でも、速さがある。僕はまっすぐが遅い。だからどこも取らないんだよ」

冗談交じりの慎二の肩を叩き、ケビンは中へと入っていった。

 コンビニで買ったホットドッグを片手に観客席へ向かうと、もう半分ほどが人で埋まっていた。ベンチの様子を見ようと、三塁側に座った。

「ねえダーリン、どうして今日はサンアントニオに?」

「言ってなかったっけ、今日はロブが投げるんだよ。好きだって言ってたでしょ」

「そうなの! 来てよかった、ダーリン大好き」

「おい、よせよ。しょうがないな。ほら、出てきたぞ」

男が指を差すと同時に、歓声が沸き起こる。観客の、特にネイビーズファンの目当てはやはりあの男だろう。ロバート・パーキンソン。メジャー通算千奪三振の実績ある歴戦の右腕だ。メジャーで調子を落としたためマイナー調整ということだが、客席から投球練習を見ても精彩を欠いているようには見えない。ただひとり、彼の強みを再現できる慎二の他には。

 打席に立つケビンのスイングは、迷いを含んでいた。決め打ちをするでもなく、来た球に柔軟に対応するでもない。空振りをしても修正できない、実りのない打席を三度繰り返した。

 試合は四対二でビアーズが勝った。何のことはない、七回まで手も足も出なかった先発が降り、リリーフを打ち崩しただけのことだ。ケビンは五番レフトでフル出場した。客席から見ても、その目に喜びの色はない。

 湧き上がるビアーズファンに交じって喜びつつも、慎二はそれにもどかしさを覚えていた。

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