#33 チーム結成

「どういう基準で選んでいるのか知らないけど、すぐに逃げられても困るんだけど。

 こっちだって、最後まで協力してくれるのを前提で話をするんだし。

 途中で逃げられたら、話し合いや決めた作戦が全部パァになって、またやり直しになるじゃない。

 これまで何度、それを繰り返したと思っているの? 

 こっちだって常に緊張感と一緒にいるんだから、あまり厄介事は増やさないでほしいわよ」


「それは……、しかし、協力をお願いしているのは、こちらですから……、

 あまり強制しても、よろしくはないかと思います」


「なによ。あたしたちの負担よりも、新しい人の方にフラウスは目をかけるわけ? 

 なによ、なんなのよ……っ。こっちはあんたのために、一生懸命やってんのにさぁ……!」


「リューナのことも、もちろん大事に思っています。

 私に協力してくれている、三人の負担を減らそうと、私は、仲間を増やしたくて……」


「――あ、そっか。嫉妬しているんだ」


 二人の会話を聞きながら、ふと、分かったことを、わたしは口に出してしまっていたらしい。

 フラウスは、へ? とあまり出さない声を出し、

 リューナと呼ばれた女の子は、唇を引き結んで、顔を真っ赤にした。


 ずんっずんっ、とわたしに向かって、足音をわざと立てて近づいてくる。


「なに、あんた。

 お見通しみたいな顔をして勝手なことを言わないでくれる? 

 どこを、どう見て、あたしがフラウスに、嫉妬しているって、言うのよっ」


 わたしのおでこを指先でつんつんとつつきながら、訂正をしてくる。


 あう、あた、と、

 リューナのつつきが終わるまで、わたしはまともに喋られなかった。


「だって、フラウスに構ってほしいのに、

 新しい子に手がかかりっきりで、寂しい感じを出していたから、そうなのかなあ、と思って」


「違うわよ、そんなことは……っ、ないわよ」


「そう、だったのですか、リューナ……」


 サヘラに耳打ちされたらしいフラウスが、申し訳なさそうに言う。


「――だから、違うっつってんでしょうが!」


 すると、サヘラがこそこそと、わたしにも耳打ちをしてくる。


「たぶん、本音が言えない子だと思ったから、私なりの見解をフラウス様に伝えた」


 好きなものを好きと言えず、好きなものほど突き放してしまう性格上、

 きっとリューナは、自分自身では本音を言えないのだと、サヘラは推測した。


 しかし、真相を知ったフラウスが詰め寄るような形になっても、

 結局、リューナは強がって、本音を言えないのではないか。

 また、突き放してしまうのではないか、と思ってしまうが。


「そうさせたかったの」

「そうさせたかった? どうして?」


 見ていれば分かるよ、と言うサヘラを信じ、先行きを見守る。


「あんたなんか、大嫌いに決まっているじゃない! 

 見るのも嫌だわ。

 こうして手伝っているのも、報酬が欲しいだけよ。勘違いをしないでほしいわ」


 リューナは目を泳がせながら、心にもない言葉を放つ。

 鎧を着た男の人が、そろそろ止めようかと腰を上げたが、フラウスが手で制する。

 悲しさを押し殺し、無理をして作った笑みが、言っていないわたしの胸にも、ぐさりと刺さる。


「無理をさせてしまっていたのですね……申し訳ありません、リューナ」


「あ、いや、ちがっ――、うぅ……」


「リューナ。少し、ゆっくりされてはどうですか? 

 もちろん、報酬は支払います。これまでのあなたの役目を考えたら、正当な対価です。

 これ以上、あなたを巻き込むのは、私の良心が耐えられません。ですから――」


「大好きに決まっているじゃないッ!」


 リューナの叫びに、わたしの背に隠れたサヘラが、

「ほらね」と呟く。


「いくら強がって、突き放してもさ、実際に傷つけてしまうのは、一番避けたいことだよ。

 だから、本音を言わせるためには、

 まず、こうして自分の発言で相手が傷ついてしまう、という状況を作ればいい。

 そうすれば、おのずと本音が出てくるものだよ」


「サヘラは、こうなるって、分かっていたの?」


「分かっていたわけではないけど……、

 本当に大切なものを見る目を、私は知っているよ」


 思わず本音が口に出たことを自覚したリューナは、あたふたしていた。

 フラウスは安心したのか、照れくさそうな笑みを見せ、リューナの両手を握る。

 年齢と身長がフラウスの方が上なので、お姉さんが子供を引っ張ってあげているように見えた。


「私もリューナが大好きですよ。

 リューナを蔑ろにしたり、忘れたりなんかしませんよ」


「……本当に?」


「本当です。

 ――では、話し合いを始めましょう。

 リューナ、私が選んだこのお二人は、きっと、あなたのお眼鏡に適いますよ」


 ちらっとわたしを見たリューナは、手を握られたままだったことに気づき、慌てて離した。

 言い返す言葉が思いつかなかったのか、なによ、と、いちゃもんをつけるような言い方だった。


 その間、フラウスは周囲を見回す。

 そんな所に……、と呟き、そちらに歩み寄る。


 今まで忘れていたが、扉を開けたすぐ隣には、もう一人の亜人がいたのだ。


 家具の影に隠れて分かりづらかったが、床に座っていたのはフードを被った男の子だった。


 服から見える肌色が少ないせいで、亜人なのか判別しづらいが、

 フラウスが説明してくれたおかげで、彼の名前も、どういう亜人なのかも、見なくても分かることができた。


「彼はディーロ。

 犬の亜人です。恐らく、戦闘能力で言えば、この中で一番でしょう」


「あれ? あの鎧の人は? あの人の方が強そうだよ?」


「彼の名前は、ダガーと言います。

 剣の技術に長けており、彼も戦闘に関しては優秀ではありますが、少々、問題がありまして……」


 問題、と言うほどではありませんが、

 とフラウスが問題の内容を言いあぐねていたが、ダガーさんが、フラウスの言葉を引き継いだ。


「いえ、問題ではありますよ。かつて、小隊の隊長を務めていたことがありまして、

 その時からの癖ではあるのですが、どうにも、守るべき者が背中にいないと、力を上手く発揮できない、と言いますか……」


「しかし、守るべき対象がいれば、あなたは負けなしではないですか」


「いれば、の話ですが」


 となると、

 ディーロという名の男の子は、守るべき者がいなくとも、変わらず実力を発揮できる、ということになる。

 この小さな体に、ダガーさんよりも上に位置する戦闘力が詰まっているとは、とても思えない。


 そんなわたしの表情に、ダガーさんが、やはり、と納得していた。


「信じられないと思いますか? 

 私から見ても、彼は強いと言えますよ。

 彼がいれば、このメンバーの誰か一人でも、欠けることはないでしょうな」


「トラウマでもあるの? さっきから、まるで自分では役不足だと言っているように聞こえるけど」


 リューナが一歩、踏み込んだ発言をする。

 フラウスが止めようとして、逆に、ダガーさんに止められていた。


「私では役不足です。一度、小隊を壊滅させてしまいましたから」


「あ……、え、と……思い出させて、ごめんなさい」


「もう懐かしいと言える話です。

 リューナ、お前の攻撃的な言葉遣いはどうかと思いますが、

 己の非を認め、素直に謝れるところは、感心しますよ」


 わざとではないにしろ、

 相手の地雷を踏んでしまったリューナは、落ち込んで口数が減ってしまう。

 積極的に喋ろうともしなくなってしまった。


 それ以上に、最初から今まで、言葉を発していないのは、ディーロだ。

 フードの中の瞳は、常に床を見ている。


 フラウスは、わたしとサヘラの自己紹介もしてくれた。

 リューナとダガーさんはわたしたちが竜の精霊だと知り、驚いてはいたが、

 だからと言って態度が変わることはなかった。


 竜の精霊が亜人の中では貴族だと言えど、

 わたしに敬語を使わなくてもいいし、わたしも反応がしづらいから、どうせ断るつもりでいた。

 その手間が省けたのでちょうど良かった。


 わたしは屈んで、フードの中を覗き込んだ。

 ディーロは、ぼーっとしているようで、しっかりとわたしを認識した。


「――うわぁあッ!?」


 瞳に光が戻ったと思えば、はっ、として、背中を思い切り壁にぶつける。

 後頭部も一緒にぶつけ、がんっ、と痛そうな音が聞こえた。


「大丈夫!?」

「あんた、いきなり、なんなん――」


「わたし、タルト。

 ディーロってすっごい強いんでしょ? これからよろしくね!」


 頭を手で押さえて、瞳に涙を溜めながら、ディーロは、はてなマークを頭に浮かべた。


「ちょっと。

 あいつ、既に仲間に入ろうとしているけど……」


「それならそれで、私は嬉しいですよ。――構いませんか、サヘラ」


「ええっと、姉が決めることですので。

 タルト姉が入りたいと言えば、それが答えです。

 恐らくタルト姉は、話を聞く前に入ると言いそうですけど……」


「これで、また賑やかになるな……、

 女子供ばかりで心配だが、まとめる役目は、私しかいないだろう」


 こうして、琥珀を集めるための『亜人チーム』が結成された。

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