#29 七つの琥珀

 古書の国の王女、直々に、国を案内してもらった。

 他愛のない話をしながら国を見て回る。

 実際、案内などただの口実で、中身のない雑談をフラウスはしたかったのだと思う。


 岩壁の凹凸が、通路のように整備されている。

 ゆったりとした坂道になっているそこを進むと、国の外が見通せる、展望広場に辿り着いた。


 広場には望遠鏡が置いてあった。

 しかし、レンズは斜め上を向いている。


「夜空を見るためのものなのです。

 と言いましても、空以外も見ることができますよ。

 南を向けば海がありますし、西を見れば、森の先の、発展した町を見ることができます」


 太陽の光が大敵らしく、フラウスは傘を手放せない。

 片手が常に塞がっているため、望遠鏡を覗くのも一苦労だ。


「私が空を見上げられるのは、夜だけなのです。

 昼間に見上げたら、顔が火傷してしまいますからね」


 冗談めかして言うが、その体質と付き合っていくのは、大変だろう。


「もう慣れましたよ。おかげで、肌は常に白く、透き通るようですから」


 光は地面に反射して、僅かに、傘を差したフラウスに、下から入ってしまう。

 ただ、少量の光ならば問題ないらしく、下から差し込む光は、肌を焼くことはない。


 僅かな光でも、フラウスの肌は光を反射し、宝石のように輝いて見える……、

 フラウスが上品に見える理由の一つだろう。


「私は、夜空が好きなのです。もう一つの、世界の広がりを感じますから」


 フラウスは悩んだ素振りを見せる。


 それから、わたしを見た。


「タルトとサヘラは、竜の亜人なのですよね?」


「竜の精霊だよ。でも、どっちも変わらないかもしれないけど」


「では、竜の精霊のスキルを使い、空の上――、雲の上まで、飛んだことはありますか?」


 夜空に浮かぶ光へ、届きますか、と――、

 フラウスは期待の眼差しを向ける。


「無理だよ。雲の上まで飛べる体力がないし、その先なんて、もっと行けないって」

「そうですか……ああ、そうですよね、当たり前です」


「フラウス様は、空のさらに上へ、行きたいのですか?」


 空――雲の上に見える、光輝く点々は、星と呼ばれている。

 しかしそれが一体なんなのか、正体を知る者はこの世界には誰もいない。

 誰も、空の上へと行ったことがないからだ。


 本の中の世界はなんでもありだ。

 だからその星がわたしたちがいるこの世界と同じような、独自の世界が広がっていると解釈した作家もいる。


 創作なのだが、それを信じ込んだ者も世界には多くいて、

 真実かどうか分からないまま、知る人はみな、星とは、もう一つの世界だと呼んでいる。


 サヘラもまた、本を読んで、同じ解釈をしている者の一人だった。


「本の通りに、星が一つの世界なのだとしたら、

 たくさんある星の数ほど、世界が存在することになりますね。

 行ってみたい気もします。この世界とは、別の世界に」


 フラウスの言い方は、まるでこの世界を変えられなかったら、

 別の世界に移るのもいいかもしれない、と言っているようにも聞こえる。


 わたしも、星と呼ばれるもう一つの世界には興味がある。

 だが、まずは今いるこの世界のことを、わたしは知りたい。


「空の話をしましたから、ついでに聞いてもいいでしょうか? 

 外の世界を知ったばかりの、先入観のない、タルトの意見が聞きたいのです」


 フラウスは言いながら、南に広がる海を指差した。

 するとすぐに西を指し、順番に北、東、と全方位を指差し終わり、遠くを見つめながら語る。


「世界の端まで行くと、先が見通せない、濃い霧が見えてくるのです。

 その先へ進もうと思えば進めるのですが、霧が濃く、どこまで続くのか、まったく分かりません。

 しかし何度も何度も、世界の果てを知りたいハンターたちが、霧の中に入って行きます。

 断念をした者、入ったきり、二度と戻って来ない者。

 様々な解釈がありますが、タルト。

 あなたは世界の端にある、霧の先――、世界の果てがどうなっているのか……どう思いますか?」


「んー……、準備中、とかかな?」


 サヘラが首を傾げ、フラウスは、なるほど、と言いながらも、疑問符を浮かべる。


 直感で、思ったコトを言っただけだが、どうやら二人の理解は得られなかったらしい。


「えーっと、ね。

 霧の先にも本来なら世界の続きがあるんだけど、まだ作っていないから、霧で誤魔化していたりするのかなー、と思ったんだけど……」


「面白いことを言いますね……いえ、あながち、正解かもしれません」


「この世界を作ったのが、神獣だと言い伝えられてもいますよね」


 フラウスとサヘラが互いに見合い、頷き合う。


「「まあ、ないね(でしょう)」」


「うええっ!? 納得していたような雰囲気だったのに!」


「いえ、否定はしていませんよ? 

 神獣が世界を作った、というのも、伝承、神話の類で確実性はないですが、ほとんど真実と言ってもよろしいと思います。

 私も一国の王女ですから、神獣とは直に会ったことがありまして、お話をさせていただくこともあるのです。

 世界や、人種を作り出したのは神獣でありますが、

 そこから先の発展は、私たち自身が行ってきたことで、神獣の介入はないのだと、神獣様は言っていました。

 つまり神獣は、ある程度の世界を作った後は、手をつけていないのです」


 もう新しく、なにかが生まれることはない……、

 つまり準備中ではないのだと、フラウスは結論を出した。


 そこまでは考えていなかったのか、

 サヘラはフラウスと共に訂正をする側だったが、途中から感心している。

 サヘラでも勉強不足な部分だったらしい。


「ふふっ、しかし面白い発想ですよ、タルト。あなたには敵いません」


「なら、フラウスは、どんな予想をしていたの?」

「私ですか? 私は――」


 球体なのではないか、と、フラウスは言う。

 すなわち、世界に果てはないのだと。


 それも面白い発想ではあったが、世間ではよくある発想らしい。

 球体か、世界の果てに辿り着けば、巨大な壁があるか、崖があるか……、

 つまり平面なのか、どうか。

 今、挙がっている考えは大きく分ければこの二つになるらしい。


「答えは未だに、謎のままですから。

 この話し合いもまた、終わりがないのですよ」


 そろそろ、行きましょうか、とフラウスがわたしたちを誘う。


 フラウスにも用事があるらしい。

 忘れかけていたが、フラウスは王女なのだ、やるべき仕事がたくさんあるのだろう。

 わたしたちに構っていて、大丈夫なのだろうか。


「気分転換になりましたから、いいのです。

 それに、友人が増えましたから。嬉しいですよ」


 展望広場から出ようとする。

 すると、フラウスがわたしたちを呼び止めた。


「少し、お願いごとをしてもよろしいでしょうか……?」


 控えめなフラウスの声に、わたしとサヘラは見合う。


 もう答えは決まっていた。


「いいよ。わたしたちに、手伝えることなら」



 七つの琥珀と呼ばれる国宝がある、とフラウスが言う。


「本来なら、一つの琥珀だったのですが、現在の王……、

 私の父が、一つの琥珀を七つに分けたのです。

 それが今、行方不明になっていまして……、

 この国のどこかにはあるのだと思いますが……。もしも見つけたら、私に教えて頂けると助かります」


 真剣に探して頂かなくて大丈夫ですよ、もしも見つけたら、でいいので――と、

 フラウスはわたしたちを気遣ってくれたが、そう言われてしまえば、逆に真剣に探したくなるのが、わたしである。


「タルト姉の扱い方が分かったのかもしれないね……」


 サヘラを連れて、わたしは大図書館へ向かう。


 行方不明、というのが、誰かが意図的に隠したのか、

 それとも自然現象により、偶然消失してしまったのかは、聞いていなかったので分からない。


 しかしどちらにしても、国の外には出ていないとフラウスが言っていたので、

 国の規模を考えれば、大部分を占める大図書館にあるのではないか、と思ったのだ。


「琥珀って、半透明で、楕円形の、宝石でいいんだよね?」

「私もそう思って探しているけど……国宝って言うぐらいだし、見つけたら一目で分かると思うよ」


 フラウスは積極的に、わたしたちに琥珀のことを教えてはくれなかった。

 厄介事に巻き込みたくないのかもしれない。


 しかし、冷静に見えてもフラウスは切羽詰まっているのだと分かる。

 巻き込みたくはないが、微力でも力は借りたいと思っているのだろう。


 巻き込んでくれていいのに。

 どうせ、聞けば、わたしたちは首を突っ込むのだから。


「タルト姉は、聞いていなくても、渦中に飛び込むもんね」

「えへへ」

「褒めてないんだけどー」


 照れるわたしに呆れるサヘラ。

 言葉にも、表情にも、棘はない。


 そんな雑談をしながら大図書館を探すが、当たり前だが、本しかなかった。

 うーん、大図書館は、既に探し回って、網羅しているかもしれない、と今更ながらに思えてきた。


「フラウス様はついででいいって言っていたし、本を見ながら探すのでもいいと思うよ」


 タルト姉が無理することないよ、とサヘラは心配してくれる。

 気遣いは嬉しいが、別に無理をしているわけではない。

 琥珀探しが、そのまま宝探しになっていて、面白そうだからやっているのだ。


 探し始めて数時間……、

 大図書館を探し回っても、琥珀を見つけることはできなかった。


 外を見れば、日が落ち、夕方になっていた。

 わたしの疲労が、体に気怠さを残す。


「もう今日は諦めようよ」

「えー。それは、なんだかなあ。負けたような気もするし……」


 今日だけで七つの全てを見つけることはできないと思っていた。

 だが、一つくらいならば、見つけられるとは思っていた。


 それすら達成できないとなると、心にモヤモヤが残る。


 サヘラは既に琥珀集めを諦め、読書に集中していた。

 わたしが読書スペースに戻ってきたのと同時、サヘラも本を読み終わっていたので、ちょうど会話が続いたのだ。


「今日はもう休もうよ。森の中から古書の国まで、あんまり休む暇がなかったし……、

 体調管理をしっかりしないと、タルト姉でも倒れちゃうんだから」


 サヘラの言うことに間違いはない。

 万全とはいかない今の体調を考えたら、休んだ方がいいのはよく分かる。

 ……でも、うずうずしている自分がいるのだ。


「もう少し探せば、見つかると思うんだけどなー」

「……私、本を返しに行くね。その間、休んでいなくちゃダメだよ」


 サヘラは数冊の本を抱え、席をはずす。

 隠しているようだが、わたしのために琥珀を探しに行ってくれたのがまる分かりだった。


 わたしの負担を少なくしようとしてくれている、姉想いの優しい妹を持って、わたしは幸せだ。


「ただ……、こうして待つのは、退屈だよ」

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