#2 思いつきで出発!

「タルトにしては耐えた方だと思うよ。

 あの日からほとんど四年も家にいたわけじゃん。

 しかしまあ、私みたいに旅に出ようと思っても、今のタルトじゃ無理なんだけどさ」


 昼食の大きな魚の身を二人で食べ終わった後、焚火の近くに濡れた服を置く。

 まだまだ、濡れたままだった。

 乾くまで、たくさん話ができそうだ。


「今は行けるよ! それに四年前でも、お姉ちゃんが誘ってくれれば一緒に行ったのに」

「いやいや、その時、タルトは十一歳じゃん」


 旅に出るのに年齢は関係ないと思う。


「まあ、出るだけならな。出たあと、苦労をするんだから」

「お姉ちゃんでも?」


「私でも。私でもというか、誰でも苦労はするんだよ。

 あの時は生きるのに必死だった。

 そういう旅の話は、タルトに送っている手紙に書いてあっただろ?」


 世界各地に出現する、ダンジョンを攻略した話。


 魔法使いと共に、呪われた道具の呪いを解いた話。


 地中に埋まった魔獣の巣に潜り、十年に一度生まれる、熟成された蜜を取りに行った話。


 それ以外にも、送られてくる手紙には、テュアお姉ちゃんが体験した、外の世界の事がたくさん書いてあった。

 わたしはそれを読むのが楽しみだった。


 だからというわけではないけど、家出を躊躇った理由の一つには入っている。

 わたしが家出をしてしまえば、その手紙は届かないのだ。


 家出をした後のわたしの居場所を、旅をしているテュアお姉ちゃんは、知らないのだから。


「家出をしたくない理由が他にもあるんだな」

「テュアお姉ちゃんは、悩まなかったの?」


「旅に出るのに、躊躇う理由か……勢い、だったからな。

 とんとん拍子で旅に出ちゃったな、そう言えば。

 私の場合は書き置きをして旅に出ちゃったし」


「そっか。わたしはそう簡単に踏み切れなかったんだ。

 だって、みんなと離れ離れになっちゃう。

 ――結局、わたしも書き置きだけをして家出をしちゃったんだけど……」


 一つ下の妹である、サヘラにも言っていない。

 一か月経った今も、一度も連絡を取っていない。


 ……怒っているだろう。

 今更、連絡をするのが恐いのだ。


「そんな理由があっても、タルトは家出をしたいと思ったのか」

「いやー、うーん。大した理由じゃないよー」


「家出をしたいと思うような理由が、大した事ないわけ、ないだろ」

「お姉ちゃん……」


「タルト。

 私と一緒に、外に行くか?」


 外の世界。


 テュアお姉ちゃんからの手紙が届く前から、わたしは外の世界に憧れていた。


 神樹シャンドラの根元には、世界的には認められていない、一つの国がある。


 竜の国。

 わたしはその周辺の森や岩山にしか、足を進めた事はなかった。


 なぜなら、外の世界には危険がたくさんあるから。

 お母さんとお姉ちゃんが、小さい頃からわたしに、ずっと教え続けてきた事だ。


 外の世界には人間がいる。

 わたしたち亜人を淘汰する、高知能生命体。


 ――と、一般的には言われている。

 もちろん、亜人にも同じ事が言えるが、考え方や性格が人によって違う。

 だからわたしたちを見た目や種族だけで判断して、差別する人ばかりではない。


 他にも、世界各地には魔獣が棲息している。

 さっき釣った魚よりももっと大きく、陸の上でも呼吸ができる魚もいる。


 わたしが逆に食べられてしまう事も普通にあり得る。


 テュアお姉ちゃんの手紙には、楽しい事ばかりが書かれているわけではなかった。

 辛かった事や命懸けだった事まで書かれてあった。

 それでもわたしは、今までずっと、外の世界に憧れていた。


 気持ちは数年前から変わらない。


 テュアお姉ちゃんと一緒に、外の世界を旅したかった。

 だから、お姉ちゃんからの誘いを、わたしが断るわけ、ない。


「うん! わたしも外に、連れて行って!」



 焚火の近くに置いておいた服は乾いていた。

 テュアお姉ちゃんから借りた上着を返し、自分の服を着る。


「タルトは今、どこに住んでいるんだ? 

 すぐに旅に出たいと言っていたけど、さすがに最低限の荷物は持っておかないと厳しいぞ。

 ずっと私が守れるわけじゃないんだし」


「そっか。ナイフとか必要だもんね」

「もっと他にもあるけど……まあ、買い足せばいいか」


 わたしの家はこの湖の近くにある。

 木と木の間に挟まって建てられたツリーハウスだ。


 森林街しんりんがいのみんなが手伝ってくれて、一日で完成したわたしの家だ。


 少し歩くと、わたしの家が見えた。

 木の梯子を上って部屋に入る。

 テュアお姉ちゃんも後から着いてきた。


 部屋の隅に置いてあった鞄の中に、必要そうなものを片っ端から詰め込んでいく。


 ぱんぱんになったカバンを腰に巻いて、準備ができた。

 しかし、テュアお姉ちゃんが、向き合ったわたしをくるっと回して、カバンの中身をまさぐる。


「いらないものばっかり……なんで飲み物の蓋がこんなにあるんだよ……」

「森林街で売ってるんだよ。あと少しでこのシリーズをコンプリートできるんだよ!」


「分かった分かった……じゃあ、持って来るな、旅に必要ないし。

 こういうのは部屋に飾っておきな。あと、外に行けば簡単に手に入るから」


「ほんと!?」


 テュアお姉ちゃんが厳選したものをカバンに詰めたら、かなり軽くなった。

 ついでに長さ調節もしてくれて、大げさに動いてもずれたりしない……このフィット感が心地良い。


「うん、凄く良い!」

「旅に出るなら、まずストレスをできるだけなくさないとな」


 これで本当に準備完了。

 たった一か月だけど、たくさんの思い出が詰まった部屋の中を見回し、ありがとう、とお礼を言って外に出る。


 すると後ろから、頭を撫でられた。

 反射的に頭を押さえると、なにかが乗っかっている。


「あ……、帽子だ」


「ほい、プレゼント。私が旅に出たばかりの頃、気分で買ったもの。

 いくつかダメにしちゃって、それで四つ目。

 これはあんまり被ってなくて、まあ、思い出みたいなものかな。だから全然汚れていないでしょ?」


 傷一つない、ほとんどお店で売っているままの状態だった。


「でも、テュアお姉ちゃんの匂いがする」

「そりゃ、私のカバンに入っていたわけだし」


 木や草を思い起こす、緑色の帽子を被る。

 なんだか、これこそが旅人っ、て感じ。


「お姉ちゃん、ありがとう!」

「はいはい、じゃあ行こうぜー」


 わたしを先導し、お姉ちゃんが梯子を下りる。

 後を着いて行こうとしたら、僅かな風の流れを感じ取った。


 お姉ちゃんも気づいたらしく、空を見上げる。


「翼の音だ……」


 しかも、わたしたちと同じような。

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