4.虚構とは違う夕方



「あ、昇くんと会うことができる……?」


 章子は大きく驚いて真理を見る。


「で、でも確か地球転星のお話だと、私と会うと半野木くんはもう転星には行かなくなるって」

「彼はもうそんな事では行かなくなることはありません」


 強い口調で断言して言われる。


「彼はもうこの現実せかいの人間には愛想を尽かしたようです。ですから今さらあなたと会ったとして、彼はもう考えを変えたりしません。転星に行きます。あなたの存在さえ無視してね」

「……え?……」


 また歩き出した真理が最後に放った言葉に、章子は驚いて目を開く。


「わたしを……無視……?」

「そうなるでしょう。彼はあなたの存在にもウンザリしている」

「そんな……まだ会ったこともないのに」

「会わなくてもわかる」


 章子の疑問に、真理は即答する。


「あなたに会わなくともあなたの考えはよく分かるのでしょう。地球転星……。あのWEB小説の虚構はお読みになりましたよね? それでどうでした? あの地球転星に登場する咲川章子という人物は……今のあなた、現実の咲川章子とはまったくの別人でしたか……?」


 初めてなのにどこか懐かしくさえある真理の詰問するような言葉に、章子は返答できない。


「同じだったのでしょう? 自分の考え方の何もかもが?」


 章子の心を見透かして言う。


「であるのなら、当然、あなたの行動など同じようなものだ。彼はあなたと出会ったところで『転星に行かない』という選択をすることはもうしない。彼はあなたよりも自分のほうが遥かに優れていると完全に自負している。逆にあなたのほうが邪魔なのですよ。咲川章子。彼はすでにあなたの存在が不要で非常に邪魔くさいと思っている」

「わ、わたしが……?」


 真理の侮蔑してくる言葉に、今度は章子の顔が蒼白になっていく。


「今度はわたしがすでに要らないの?」

「ええ。彼にとっては」


 頷いた真理が、章子を真っ直ぐ見る。


「まずは勘違いをしないでほしい。半野木昇にとってあなたは不要な存在だが、私たちにとっては必要な人物だ。もちろんそれさえももうイヤだ、というのなら止めもしない。転星むこうに向かう権利は強制ではない。ただし!一度でも手放したらこのチケットはもう二度と手に入らないということは自覚して頂きたい」


 同じ中学二年生の容姿をしているのに、放つ言葉が異様に苛烈だ。


「わ、わたしは……」

「まだ時間は一週間あります。迷っている事があるならばゆっくり決めればいい。幸い、この招待状チケットはまだあなたの手の中にある」


 真理が、指で白い券を挟んで章子に見せる。これから章子へと渡されるのだろうあの巨大な青い惑星、転星に渡るための真っ白い無地の券。


「これをお渡しする前に、私はもう少しお話がしたいのですが……?」


 真理が思わせぶりに伺い見ると、突然のことに項垂れる章子は頷くしかなかった。


「ではまた質問を受け付けましょう。まだ何か疑問に思っていることはありますか?」


 そんな事を言われても、折角の期待が大きく裏切られた章子は意気消沈してしまい他のことが思い浮かべられずにいる。


「……ま、真理さんのほうはわたしに何か疑問は……」


 そこまで言って、やはりあるわけがないかと思ったところで苦笑した顔が返ってきた。


「そうですねぇ。もうそろそろ、その『真理さん』という呼び方はやめて頂きたいですね」


 笑って言う真理が章子を覗き見ている。


「呼び捨てで呼べばいいんですか?」

「まだ敬語まで使う?」

「真理さんだって使ってますし……」

「私は章子の下僕しもべなのだから当然です。しかしあなたは私の主でしょう?」

「まだ主になるとは言ってません」


 章子の断固とした反応に、真理はますます笑みを強くする。


「いい反応です。咲川章子。やはりあなたはそうでなくてはならない」


 てくてくと歩いていく真理が公園の脇の道でピタリと止まった。


「まずは確かめておきましょうか。咲川章子。あなたはこれからこの一週間の内に半野木昇と会おうと思いますか?」


 真理が柔らかく見てきたので、章子はしばらく戸惑うと弱々しく頷いた。


「わかりました。それではその時でに心構えをお願いします。一応、言っておきますが、今の彼は私の比ではありませんよ。あの地球転星以上に、あなたに辛く当たってくることを忘れないでください。彼を地球転星の時の彼とは思わないほうがいい」

「わたし、たち?」


 章子が訊ねると真理は頷く。


「そうです。あなたたち人類の全てです。彼は既にあなたたち現代人類のすべてを敵視している」


 断言する真理に、章子はある一つの言葉が浮かび上がった。


「世界を敵とする独り……」


 章子が呟いた言葉を、章子の下僕は大きく頷いて肯定する。


「彼はあなたたちの敵です。そして我々には絶対に彼が必要だ。私たちから見ればあなたたちのほうが無価値に等しいッ!それはきっと転星むこうに行けば嫌というほどに分かって頂けるでしょう」

「むこうの……惑星……」

「向こうの惑星は半野木昇しか求めてはいない。おわかりでしょう? あなた方はクズですッ! 何もできない、ただ惑星を眺めているだけのゴミッ! 私はともかく、転星むこうの住人の殆どはそう思っていることでしょうね? それでもあなたに立ち向かう勇気がりますか?」


 真理の口汚く冷たい言葉が、現実となった虚構の厳しさを章子に突きつけていた。





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