第57話

 その日の夜、夕食の席でやおらヴィオラは口を開いた。


「お義兄様、私王宮の侍女になりたいわ」


 突然のことにアルベルトは手にしていたフォークを落とした。


「な、なぜ?」


 動揺を隠しきれないアルベルトをみて、ヴィオラは微笑んだ。予想通りすぎる反応だからだ。


「舞踏会でトーマスに会いました。そして、砦でダニエルに会いました」


 ヴィオラは食事の手を止めて、ゆっくりと考えるように言葉を繋いだ。


「あの事件で奪われたのは私だけではないのです。皆、色々なものを奪われました。それなのに、私だけがあれもこれも与えられるのはズルくないですか?」

「そ、そんなことはないだろう?ヴィオラは一番の被害者だ」

「でも、アルフレッド様をお諌め出来なかったのは私も同罪です。皆罰を受けたわ。そうしてまた、失ったものを取り戻すために努力をしている」

「ヴィオラだって・・・」

「いいえ、お義兄様」


 アルフレッドを制して、ヴィオラは続けた。


「私だけが与えられたものから選ぼうとしています。けれど、それは良くないわ。私だって努力して、自分の手で掴むべきなのです」


 ヴィオラは右手をグッと握りしめた。


「私だって、平民になる覚悟を持ってここに来ました。ですから私、女伯爵をめざしたいと思いますのよ」

「女、伯爵・・・」


 アルベルトはそれを聞いて言葉を失った。もちろん、知らないわけじゃない。女性が単身で手に入れられる最高の称号だ。だが、簡単に手に入れられるものでは無い。


「トーマスは宰相を目指すそうです。ダニエルはおそらく騎士伯を目指すのでしょうね。ですから、私も負けてなどいられないではありませんか」


 ヴィオラがそうキッパリと告げると、アルベルトは口を閉じるしかない。

 すると、部屋の中から拍手の音がした。ヴィオラが音のする方を見ると発信源は執事だった。


「素晴らしいです。ヴィオラ様、感激致しました」


 執事はそう言って、頭を下げた。


「ありがとう」


 ヴィオラはお礼を述べた。わかっている。これは発言の許可を求めているのだ。


「失礼ですが、王宮の侍女になるには推薦状が必要なことはご存知で?」

「ええ、もちろん。伊達に王太子妃教育を受けていた訳ではなくてよ?」

「左様でございましたね。それでは?」

「ええ、もちろん。辺境伯であるお義兄様の推薦状以上のものなどないでしょう?」


 ヴィオラがニッコリと微笑めば、アルベルトは敗北を認めるしか無かった。




 明くる日、アルベルトの書斎からメイドたちの叱責する声が聞こえてきた。


「まったく、そんなんだからです」

「ああ、もう。またインクが垂れましてよ」

「背筋を正して書かないから、ペン先が引っかかるのです」

「紙の無駄遣いはおやめ下さい」

「ヴィオラ様が持たれるのですよ。恥ずかしくないようにお書きくださいませ」


 最後に一段と低く威厳のある声がした。

 誰あろうこの邸の執事である。手には封蝋印の道具が握られている。


「侯爵様とのお約束です。違えることのなきよう、お願い致しますよ」

「わ、わかっている」


 アルベルトはゆっくりとペンを走らせた。内容は以前モンテラート侯爵より届いたものに酷似している。宛先は王宮。年頃の貴族の娘なら、大抵は王宮で行儀見習いとして侍女になるものだ。だから、この国に来て日が浅く、年頃のヴィオラに推薦状を書くのは何らおかしなことでは無いのである。

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