第48話

 ファーストダンスの時より注目が集まっていることぐらい、ヴィオラは理解していた。何しろ背中に突き刺さるような視線が来るのだ。

 けれど、そんなことで臆するような深窓のご令嬢ではないのがヴィオラだ。


 悪役令嬢


 今こそが正しくそれである。

 長きにわたって培ってきたから、ヴィオラの顔面に貼り付けられた笑顔には一部の隙もない。その笑顔があの時と同じだと気付いた時、ツェリオはあの時に似た気持ちになった。

 もちろん、ヴィオラだって分かっている。今日が社交界デビューの新参者の令嬢が、第二王子殿下とダンスをしているのだ。大量の敵を絶賛製造中ということぐらいは理解している。だからこその極上の笑顔だ。


「ツェリオ様は大層な人気ですのね」


 ヴィオラがそう言うと、ツェリオは一瞬眉をひそめたが、直ぐにヴィオラを見つめる優しい笑顔を浮かべた。


「不安にさせてしまいましたか?」


「いいえ、私にはアルベルトお義兄様がおりますから」


 あちらにいた時とは違う。ヴィオラは一人ではなく、大変に強力な味方がいるのだ。令嬢としては孤立するかもしれないけれど、家柄で言えばヴィオラ以上の地位にいる令嬢はなかなかいないだろう。


「さすがですね」


「辺境伯の義妹と言う肩書きは相手を牽制するのにとても有効ですわ」


 ヴィオラにハッキリと言われてしまえばツェリオもこれ以上は踏み込めない。今ダンスを踊っているのは『ヴィオラ・セレネル』今日が社交界デビューの辺境伯を義兄に持つ令嬢だ。


「私に興味を持っていただけるだろうか?」


 ツェリオは子犬のような笑顔をヴィオラに向けてきた。そんなふうに縋るようにヴィオラは見つめられたことなんてない。免疫のないことだけれど、ヴィオラが張りつけた仮面はそんなことでは剥がれはしなかった。


「この国は好奇心に溢れてますわ」


 お手本をなぞるような答えを口にすれば、ツェリオも笑うしかない。確かに、そういったのはツェリオなのだ。


「ではいずれまた」


 緩やかに挨拶を終えると、ヴィオラは真っ直ぐにアルベルトの元へと向かった。大勢がヴィオラを見ていたけれど、第二王子殿下とダンスを終えたばかりの令嬢に声をかけられるほど度胸のあるものはいないようだ。しかも、人壁の最前列にいるのは辺境伯のアルベルトだ。


「お義兄様」


 よく通る澄んだ声でヴィオラがそう口にすれば、第二王子殿下とダンスをした令嬢の正体がすぐに知れた。そうなれば、射るような目でヴィオラを見ていた令嬢方は途端に扇で口元を隠して顔を背ける。

 そんなことを視界の端に捉えながらも、ヴィオラは背筋を正し真っ直ぐにアルベルトの前に立った。


「お疲れ様」


「いいえ、お義兄様。セレネルの名を頂いたのですから作法として当然です」


 辺境伯の義妹として、礼儀として第二王子殿下と踊ったのだと暗に口にすれば、遠くから扇を握りしめる音が聞こえてくるというものだ。


「それを聞いて安心した」


 アルベルトは柔らかな笑みを浮かべると、ヴィオラの手を取り、そのまま人壁の向こう側へとヴィオラを誘導した。

 社交界デビューの仕方としてはこれ以上にないほどの出来栄えだろう。必要最小限の相手とダンスをして、最後は第二王子殿下だ。ヴィオラが高嶺の花だと言う印象付けすることが出来た。

 後は、残された者たちが勝手に噂を広めてくれればいい。


「とても楽しかったわ」


 ヴィオラは口元を抑えながら微笑んだ。

 馬車の中、隣に座るアルベルトも満足気だ。


「トーマス君の登場は予想外だったけど、概ね予想通りだったよ」


 そうは言いつつも、アルベルトの心はザワザワしているのだ。なにしろ大物が二人もヴィオラの手を取った。そのおかげで雑魚どもが寄ってこなかっただけなのだが、逆に令嬢方の大多数を敵にしたことだろう。


「向こうにいた時とは違った意味で楽しめそうですわ」


 そう言ってヴィオラは極上の笑顔を見せたのだった。

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