第42話

 こちらの国について、全て一人で手続きを終えた。廃嫡の扱いで実家からでて、ゆっくりのんびりと馬車の護衛をしながらの旅は、己の馬鹿さ加減を反省するに十分な時間だった。

 ダニエルは質素な平服を着て、騎士学校の宿舎にいた。唯一持ち出せた財産は愛馬一頭。自分によく懐いていたので、無理を言ってつれてきた。騎士学校の厩舎に繋がせてもらって、世話は自分でする。

 貴族の子弟が多いが、平民でも実力のある者は入学が許される。そんな学校である。

 宿舎の部屋は二人部屋で、見知らぬ誰かと同じ空間で過ごすという経験は初めてとなる。

 一応、平民として入学申請をしたので、同室は平民となった。部屋の場所も一階で、何も優遇されていないのがよく分かった。

 概ね必要なものは支給されるが、個人的に必要なものは街に出て買うしかない。

 同室となった彼も、街に買い出しに行っている。

 ダニエルは、生まれて初めて徒歩で買い物に向かった。実家から渡された支度金は、ほとんど学校に管理してもらうので、ほんの少しのお金を持って街に出る。

 一人で買い物をすることも初めてで、同室の彼に付いて行けばよかった。と少し後悔をした。

 首都なだけあって、街は賑わっていた。

 以前の自分なら、馬車に乗り侍従を連れて馴染みの店で買い物をするだけだった。会計は自分では行わない。だから、ものの値段なんてまったく分からなかった。

 いままで自分が行っていた店から、数段ランクを落としての買い物をしなくてはならない。平民がよく使うような店が並ぶエリアまで、街並みを確かめながら歩いていると、見知った顔がいた。


 ヴィオラ・モンテラート


 いや、今は辺境伯の所に養女としてはいったから、ヴィオラ・セルネル、か。

 隣にそれらしき男が立っていた。ヴィオラより幾分年上の貴族の男。いかにも上流階級といった雰囲気を持っていた。

 今更だが、ヴィオラはこういう風に扱われるべき女性だった。誰よりも正しく、誰よりも美しい。それなのに、婚約者であった王子は粗末に扱った。自分は何でも許される。と思っていたから。それは自分も同じで、女と言うものは男に従うと信じていた。だから婚約者は、自分が何をしても着いてくると思っていたのだ。


「全て間違っていたな」


 自分たちの前では一度も見た事のない柔らかい微笑みは、女神だ。と言われればその通りに見える。

 失ったものが大きすぎて、残ったものの価値が未だに分かってはいないが、それでも自分の好きな道に進めたことはありがたい。

 この国で、騎士としてどこまで行けるかは分からないが、それでもアルフレッドよりはマシだろう。自分で未来が拓けるのだから。

 王宮の夜会で社交界デビューをすると聞いている。騎士学校にいる貴族の子弟たちの間では、既にヴィオラは話題となっていた。

 何事もなければ、ヴィオラに剣を捧げる未来があった。

 今更だけれど。

 いずれ騎士になれた時、ヴィオラの前に堂々と立つことはできるのだろうか?いや、立ちたい。

 目標をひとつ持つのもいい事だ。

 ダニエルは軽く笑って歩き出した。

 未だ合わせる顔がないので、街を歩く時は注意が必要かもしれない。いずれは堂々と騎士として名を名乗りたい。


 ダニエルは、ひとつの目標をもって生きることを決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る