第33話 ドS勇者と空飛ぶ狐

「ぜえ……ぜえ……」


 ひたすら走った。

 息を切らせて、それでも走る。

 どれほどの距離を走ればいいかわからないけど、この先でティーシャが待っている。

 もうほとんどの住人は避難してしまったのか、人っ子一人いない。

 ティーシャがいるならすぐ見つかるはずだけど……。


「こちらです、ユエル様!」


 ティーシャ!

 《偽装》を解いているのか、ハーフエルフの姿だ。

 大通りで僕を手招きしている。

 顔を見た瞬間に安心するとともに、カッカと頭に血が昇る。


「ここは危険だよ! なんで来たのさ!」

「申し訳ありません! 宿から竜巻が見えて、いてもたってもいられず。わたしも駆けつけたかったのですが、ピゥグリッサさんがこれ以上近づくのはまずいからここで待て、とおっしゃって……!」

「ピゥグリッサがなんで……いや、それはいい。とにかくここを離れよう」


 ティーシャの手を取って引こうとする。だけど、


「嫌です」


 ティーシャは逆に僕を引っ張って、その場を動かない。


「ティーシャ、わがままは困るよ」

「わたしが《王道殺し》の共犯者だから、ですか?」

「……そうだよ。君に死なれたら、僕はもう二度と復活できないんだから」


 ああ、自分で言ってて、そらぞらしいほどの言い訳だ。

 《王道殺し》なんて、それほどアテにしてない。


 わかっているとも。

 僕はただ単に、ティーシャに死なれるのが嫌なのだ。

 ティーシャの死は、僕の心にとって無視できない不利益をもたらすだろう。

 この街の命運なんかとは比べ物にならない、大きなデメリットだ。


 だけど、僕の魂はそんな彼女でさえも利益に天秤が傾けば切り捨ててしまえる。

 それが怖くてたまらなかった。

 だからこそ《王道殺し》を使って自分の中で折り合いをつけたのだ。


 ティーシャが僕の内心を見透かすかのようにジッと見つめてくる。


「……敵は魔人なんですよね」

「えっ、どうしてそれを」

「ユエル様。実を言うと、わたしの両親も魔人だったんです」


 ガツンと後頭部を殴られた気がした。

 両親が魔人……あんな化け物が父親と母親だったって?

 そんなのはもう、なんというか、あれだ。

 ティーシャの両親がセリアーノほど狂ってるとは限らないけど、どうにも形容できないよ。


「彼らがどういう存在なのかは誰よりも理解しています。だから……どんなことをしても絶対に止めなくちゃいけません」


 それまで見たことのないティーシャの眼差しに、僕はしばらく何も返せなかった。


「……それでピゥグリッサに協力を仰いだの?」


 なんとか絞り出した質問にティーシャが頷く。


「ユエル様が走っていくのを見たたときにすごく嫌な予感がして、思わず取り乱してしまって……そしたらピゥグリッサさん、わたしを慰めてくれて宿に送ってくれたんです。ちょうどそこであの竜巻が見えて……!」


 ピゥグリッサは街の脱出をフイにしてまで、ティーシャについててくれたのか……。

 ティーシャの言葉の端々からも、ピゥグリッサへの感謝の念が伝わってくる。

 だけど、ピゥグリッサのことを話すティーシャはなぜかとても悲しそう。

 ところどころで嗚咽して、息を詰まらせている。


「ゆっくりでいいから。何があったか、何をしたのか教えて」

「はい……」


 ティーシャが呼吸を整えてから、ぽつりぽつりと話し始めた。


「竜巻を見てそれから……ええと、ピゥグリッサさんにユエル様を助けたいって言ったら、一緒に来てくれて。でも危険だからここで待つよう言われたんですけど、どうしてもユエル様のところに行きたくて……わたし、ユエル様からギフトを授かっていることを話してしまいました」


 そんな重要な秘密をピゥグリッサに……!

 いや、僕のためを思って決断したんだ。

 ここで怒るのは違う。


「そしたらピゥグリッサさんが魔人を油断させるために《偽装》をかけてほしいと。結局、連れて行ってもらえませんでしたけど、ユエル様が生きてたら必ず助けてここに向かわせてくれると約束してくれたので……大人しく待っていました」

「そうだったんだね。ありがとう。よく頑張ったね」


 ティーシャは、まだ情緒が不安定だ。

 僕が頭に血を昇らせてはいけない。

 冷静にならなくては。


「ピゥグリッサには《服従》や《王道殺し》についても話したの?」

「いえ、《偽装》と《友誼》だけです。他は教えてません。わたしの本当の狙いを見抜かれるわけにはいきませんでしたから」

「本当の狙い?」


 ティーシャが大きく深呼吸をした。


「わたしの《契約》と《魂檻こんかん》も、魔人に対して有効のはずですよね?」

「……ああ。だから自分が行くことに拘ってたのか」


 僕の《魂檻》はヴェルマを捕えてから一週間経ってないので、まだ使えない。

 だけどティーシャが僕と同じ手を使えばセリアーノを使い魔にできると言っているわけだ。

 ヴェルマを使い魔にしたことは伝えてなかったけど、僕の《魂の檻》が使用済みなことだけは念のために教えてあったからな……。


「でも、《魂檻》の発動には従徒が必要だ。街の連中はほとんど逃げた。いったい誰を従徒にできるっていうの? そもそも《魂檻》の材料にされた従徒は魂が消滅して死ぬ。君に誰かを殺せるのかい?」

「はい」


 そんなことはできないだろうという半ば当てつけのような問いに、ティーシャが即答する。

 またしても僕は言葉を失った。


「あの日、誓いましたから。わたしはユエル様のためでしたら盗めますし、殺せます」


 心が痛むのか。

 ティーシャは必死に押し殺すように自分の胸を強く掴んで、言った。




「だから……ピゥグリッサさんの側で《服従のギフト》を使うチャンスを、ずっとうかがっていたんです」




「……ティーシャ、君は何を言っているんだ?」

「ピゥグリッサさん、わたしが頼んだら本当にあっさりついて来てくれたんですよ。すごく強いですし、従徒にするのにもぴったりだと思うんです」

「ティーシャ、やめて。それ以上は」

「ユエル様、行きましょう。残念ながらユエル様みたいにうまくできなくてピゥグリッサさんに《服従》をかけられてないんですが、魔人と戦っている間は心の隙ができるかもしれません。ピゥグリッサさんを生贄にして魔人を倒すんです。そうすれば――」

「もうやめて!」


 声を震わせ大粒の涙を流しながら、とても苦しそうに僕みたいなことを言うティーシャを……強引に抱き寄せた。


「駄目だよ、ティーシャ。君はそんなこと考えちゃいけない!」

「でも、わたし、ユエル様の共犯者だから……」

「君と僕とでは違うんだ。心が。魂が違うんだよ。僕の真似をしたら、君は砕け散ってしまう。君に求めているのはそんなことじゃないんだよ。君は僕のストッパーなんだ。僕が行き過ぎてしまわないよう、人で在れるように……」


 僕の中にはセリアーノにかけられた術が残っている。

 セリアーノに対する狂おしいほどの愛情。

 ティーシャに対する、正体不明の感情。

 とてもよく似ているようで、まったく違う。


 頭がしっちゃかめっちゃかになりそうだった。

 いや、きっとなってた。


「ティーシャ、改めて誓うよ。僕は君のために戦う。君のために魔人を倒す。必ずだ。だから――」


 ティーシャの瞳を見つめる。

 涙に濡れてキラキラしてて、とってもきれいだと思った。

 流れるように自分の気持ちが口から漏れ出る。


「僕とともにいてほしい。ありのままの君で」


 変わらないでほしい。

 いつか変わるとしても、今すぐじゃなくていいから。

 そんな願いをありったけ込めた僕の言葉をどう受け取ったのか、ティーシャが頷いてくれた。


「……わかりました。わたしもユエル様のために戦い、ユエル様のために魔人を……倒します」


 ティーシャの目が妖しく輝く。

 ギフトの使用だ。


 ……えっ。

 このムードの中でギフト?


「えっと。何を使ったのかな?」

「へ? あっ……《王道殺し》です」

「はぁっ!?」


 今日だけで、何度ティーシャに度肝を抜かれるのだろう。

 既に僕らは共犯者だし、新たな誓いも立てたから発動条件も満たしていた。

 けどけど!


「効果はわかってるでしょ!? 共犯者の《王道殺し》で僕のギフト使用数が増えるわけじゃないし、なにより双方向の《王道殺し》は二人が同時に死なない限り、絶対に死ねないって呪いになっちゃうんだよ!」

「そうですね……」


 僕の訴えをなんでもないことにように受け流してしまうティーシャ。


「でも、これでユエル様の『ともにいてほしい』って願いは、叶えられますよ」


 悲しみと苦しみのあまり流した美しい涙をたたえたまま、ティーシャは嬉しそうに笑う。

 それを見た僕は頭に雷が落ちたような衝撃を受けて、無意識につぶやいていた。


「リアル《恋慕のギフト》……」

「はい?」

「なんでもない。えっ、まさか最初から《王道殺し》を狙ってたの?」

「いえ、なんとなく。その場の雰囲気で自然と……」


 はぁ~~~~っ、と。

 またまた今日一番のため息が出た。

 早くもセリアーノの記録更新。


「君には負けたよ、ティーシャ」

「そうなんですか?」

「無理。天然は最強……」

「天然って! そんなことないですよ、失礼です!」


 よしよし、と頭を撫でると「もーっ!」とティーシャがむくれる。


「ありがとうティーシャ……ほんのちょっとだけ、勇気をもらった」

「むぅ……それは、よかったです」


 まあ、状況はぜんぜん好転してないけどね。


 実を言うと、ピゥグリッサを犠牲にしないでセリアーノを倒す方法は思いついた。

 ティーシャが僕を従徒にして《魂檻》の材料にすればいいんだ。

 この方法なら魂が消えたとしても僕は《王道殺し》で完全再生するので、実質ノーコスト。実に効率的。

 だけど……ティーシャの笑顔を見て思ってしまった。この方法は絶対駄目だ。

 いくら生き返るって言ったって、ティーシャが受けるショックは並大抵のものではない。とにかく駄目なものは駄目である。

 

 そして、ティーシャに心をグッチャグチャにかき回されたおかげで思いついたのが、もうひとつ。

 こっちが大本命だ。

 だけど、手駒が足りない。

 ティーシャでも、おそらくピゥグリッサでもダメだ。


 あとひとり、誰か男手があれば……。


「ヒューッ、見せつけてくれるじゃないか」


 僕が本当に困り果てたとき、天の声は上から聞こえてきた。

 見上げてみると、そこには見覚えのある姿が。


「えっ……」


 逆に見覚えがありすぎてびっくりした。


「よう、乗ってくか? 小僧」


 狐の頭のような乗り物で空を飛んでいるカルザフが、僕らに笑いかけてくる。


「《フライングフォックス号》! カルザフの正体はやっぱりナイトフォックスだったの!?」

「あー……違うけどそうだし、お前もナイトフォックスだ」

「わけがわからないよ!」

「話は後だ後。街の住人のほとんどは森に避難を完了した。タイバーデン伯爵も隣街に増援を要請したし。俺らもずらかるぞ」

「乗せてくれるの?」


 カルザフが頷いて大通りに《フライングフォックス号》を着地させる。

 僕は目を輝かせながら中央座席に乗り込んだ。

 きょとんとしていたティーシャの手を取って、後部座席に乗せてあげる。

 そう、《フライングフォックス号》は三人乗りの空飛ぶ機械なのだ!


「おいおい、よく見たらハーフエルフの嬢ちゃんかよ。不吉だな」

「カルザフ、次に同じようなこと言ったらマジで許さないからね」

「おうおう、わかったよ。まったくお熱いこって……」


 カルザフがレバーを引くと、《フライングフォックス号》が一気に上昇した。


「わあああああっ!!」


 股下から響いてくるエンジンの震動にテンションが上がってくる。


「すごい! なんだかイケる気がしてきた!」

「ユエル様、見て! 街がぜんぶ、ぜーんぶ!」


 ティーシャも高いところは平気らしく、空から見下ろした街を見てキャッキャとはしゃいでいた。


「さーて、飛ばすからな。しっかり捕まってろよ!」

「待って待ってカルザフ、逃げるの中止! 僕にいい考えがあるんだ!」

「ああー……なんとなーく嫌な予感がするんだが、この際だ。何でも言ってくれ、相棒」


 ああ、ようやくだ。

 勇者パーティの手駒なかまがようやく全員揃った。

 これならきっと……セリアーノを倒せる!


 僕は満面の笑みを浮かべてカルザフに言った。


「僕を殺して、新しいフォルガートになってほしいんだ!」

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